99歳の現役医師に聞く、
不調知らずの体を作る小さな心がけvol.2
99歳の現役医師、髙橋幸枝さん。生活習慣病とは無縁、不調知らずの体作りには毎日の小さな心がけがありました。
昼食に戻る髙橋さんに付いて、自宅におじゃまする。先ほど話に出たマンションの外階段を、すたすたと上がっていく髙橋さん。
実は7年前、92歳の時にバルコニーで転倒し、大腿骨を折った。その年齢で骨折すると、筋肉が弱り、そのまま寝たきりになってしまう危険性も高い。
けれど、手術からリハビリを経て、髙橋さんは見事に復活した。持ち前の負けん気を発揮してリハビリを頑張ったおかげもあるが、それまでの、40年間の毎日の階段の上り下りが回復に大きく貢献したことは間違いない。
「担当医に、『筋肉の状態がとてもお若いですね』と言われました」
骨折の後も、エレベーターは設置しないと決めた。
「ただ、また転んで怪我をしたら大変。急ぐときほど、『時間はあるのだから』と自分に言い聞かせ、一歩ずつ慎重に足を運ぶようにしています」
3階の玄関に到着すると、陽が差し込む明るいダイニングに招き入れられた。壁を見ると、植物をモチーフにした、暖かな色みの水彩画が数枚飾られていた。片隅に、「髙橋幸枝」のサインがある。すべて髙橋さんが描いたもので、聞けば何と80歳過ぎから習い始め、描きためたものという。
「通信講座の広告を目にして申し込んでみたら、案外ちゃんと描けた。それですっかりおもしろくなってしまって」
できるかしら、と躊躇する前に動いてしまうのが髙橋さん。そして、それを心から楽しんでしまう達人だ。
アトリエ代わりに使っている和室に案内してもらうと、テーブルに描きかけのスケッチブックが。ひと枝の梅を、写し取っている途中だった。
「枝がどう伸びているか、花や葉はどんな形か。当たり前のようだけれど、どんなに単純な植物でもよく観察しないと描けないのね。絵を始めてみて、普段いかに物事をよく見ていないかということに気づかされました」
そうした新たな発見が、診察に生かされることもあるのだという。
昼食の支度をしながら、最近のこんな楽しみも教えてくれた。
「この前スーパーで冷凍のうどんを見つけて買ってみたら、量も控えめでおいしいの。今は本当に便利なものがたくさんあるのね。スーパーには姪が車で連れて行ってくれるんだけれど、おもしろくて、いつもきょろきょろしてしまいます」
記憶の袋に出来事を押し込む。
私の認知症予防策です。
昼食の後は引き続き、自分のしたいことをして過ごす時間。絵に取り組むこともあれば、読みかけの朝刊に丹念に目を通すのも、たいていこの時間。一般紙2紙を、じっくりと読み込む。
「1面とか2面が多いわね。経済欄もけっこう読みますよ」
活字を追うことは脳のトレーニングにもなるのでしょうか、と問うと、
「どうでしょうね。単におもしろくて読んでいるだけなんですよ」。
しょっちゅう手にするという数字パズルも、
「リラックス法のひとつというだけ。疲れたときにこれをするとスッキリするの。達成感があるからかしら」
一方で認知症予防のために意識していることが、ひとつだけあるという。
「認知症の兆候は何度も繰り返す物忘れと言われます。だから、ちょっとしたことをあえて思い出すようにしているの。例えば、昨日食べたもの。ぱっと思い出せないときもあるけれど、そういうときはそのままにしないで、そのまわりから記憶をたぐっていきます」
例えば冷凍庫からイカを出したことを思い出せれば、それを煮物にした、とつながり、ほうれん草も野菜室から出した……という具合に連鎖していく。
「作業が浮かぶと、全体を思い出せるでしょう。そうすれば忘れません」
髙橋さんはこれを、「できごとを『記憶袋』に押し込む作業」と呼ぶ。
「物忘れは、『記憶の袋』がいっぱいになって新しい出来事が中に入れず、通り過ぎてしまう状態だと思うの。だから端っこを捕まえては思い出し、袋に全体を押し込むんです。家事のように手を使うことは思い出しやすいから、女性にはとくにおすすめですよ」
これならすぐにでも真似できそうだ。
「それ以外は、脳を鍛えるためにしているようなことはありません。ええ、お酒も飲みますよ」
「あちらはディナーで必ずワインが出てくるでしょう? それまでまったく飲まなかったのに、お酒っておいしいんだ、とそのとき知ってしまったの」
一般の人が健康を意識してそろそろ飲むのを控える年代に、髙橋さんはアルコールデビューを果たした。以来、夕食と一緒にワインや日本酒を楽しむのが日課に。といっても、
「150㏄、おちょこで3杯程度。味がわからないともったいないので、おいしいと思えるうちにやめておきます」
時には夕食後、テレビの前に移動して、スポーツ番組を見ながらゆっくりとお酒をいただくこともある。
「テニスにサッカー、野球。スポーツ観戦は何でも好きです。星の数ほどいる選手の中で努力して、その世界で輝く人たちの姿は美しく、感動します」
そう、目を輝かせて髙橋さんは言う。
食事療法を取り入れるのでも、サプリメントを愛用するわけでもない。階段を上り下りする、大食、暴飲はしない。人と関わって生き、好奇心や感情の動きを大事にする。髙橋さんの健康長寿のコツはすべて、私たちの「平凡な生活」の中にあるものばかりだと気づく。
「普通にできることを普通に行うのは、案外簡単なようで難しいものです。けれど例えば、当たり前と思っている食事の量が自分に本当に必要か、考えてみる。お金もかからず、ほんの10数秒のことです。そうしたことの積み重ねが、長い時間をかけて体をよい方向に導いていくのでは、と思います」
◎髙橋幸枝さん 医療法人社団秦和会理事長/1916年11月2日、新潟生まれ。女学校を卒業後、タイピストとして働く。北京で日本人牧師の秘書を務めたことが縁で医師の道へ。戦後、桜美林学園に診療所を開設し、独立して髙橋医院を開く。1966年、精神科を標榜する秦野病院を開設する。診察は週に1度だけ、昔からの患者さんのみを受け持っている。著書に『小さなことの積み重ね』(小社刊)
『クロワッサン』923号(2016年4月25日号)より
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