あなたにもできる! 週末だけ
里山で過ごす二拠点生活のすすめ。
平日は東京、週末は南房総の広大な自然に囲まれた生活を送る馬場未織さん家族。「『食べて寝る』という里山での生活は家族の時間を豊かにし、心と体のデトックスにもなる」という馬場さんに、二拠点生活に至るまでのストーリーと、シンプルな暮らしについて伺いました。

「ここに立つと大声で歌いたくなります」という西向きのデッキ。南房総では猫も自由にさせている。カワノという野生のミカンがたわわに実る。
神奈川・川崎から千葉・木更津へ、東京湾アクアラインで海を横断。房総半島にわたり館山自動車道を南下すると、樹々が輝きを増す。千葉県南房総市に入り蛇行する山道を上ると道幅はどんどん狭くなり、木の葉のトンネルを抜けたところに、馬場未織さん家族の『里山の家』があった。玄関前で車を降りると、鳥のさえずりやカエルの合唱に迎えられた。土の匂いが濃い。
毎週金曜日の夜、馬場さんは原稿書きの仕事にひと区切りつけて、南房総市の第二の家へ向かう。メンバーは、馬場さん、夫、中学3年の長男、小学5年の長女、1年の次女。そして、猫2匹も。母は原稿を、子どもは宿題を抱えての一家大移動だ。
平日は東京、週末は南房総。二地域居住生活を始めたのは、2007年。子どもたちに自然の中の暮らしを体験させたいと思ったのがきっかけだった。

「食べて寝る、シンプルな暮らしで心が整理されます」と馬場未織さん。
「ここに住みたい!」、景色に一目惚れでした。
「当時保育園に通っていた長男は昆虫が大好きでした。でも、私たち夫婦はどちらも東京生まれの東京育ち。夏休みに帰ることのできる『田舎』はありません。自然の中で生きものと触れ合う暮らしをさせてあげたい。そんな願いが発端でした」
夫も同じ思いを持っていた。
「週末にクルマで通えるもう一つの家、ほしいよなあ」
2つ目の家を選ぶにあたっては、次の9条件を意識した。
● 周囲に家がなく、山、川、林がある。
● 南と東が開け、朝日が早く当たる。
● 畑が作れる平坦地がある。
● 土地が500坪以上ある。
● 今も過去も産業廃棄物の投棄がない。
● 携帯電話がつながる。
● 東京の家から片道1時間半以内。
● 年間降雨量が少ない。
● 自動車でも鉄道でも行ける。
条件を満たす土地を求めて、神奈川、千葉、山梨、長野……、いくつもの物件を見に出かけた。希望どおりのものはなかなか見つからず。また、気に入って決定する寸前に別の誰かに先を越されてしまい、くやしい思いをしたことも。

8700坪の土地には山もある。写真の裏山の巨木と戯れ、カブトムシやセミを捕獲して、兄妹3人はたくましく育っている。ふもとには小川が流れていて、魚や川エビが捕れる。
そして、探しに探して3年目に、この南房総の古民家と出合った。「ここに住みたい!」
西側の窓からは、素朴で豊かな里山が夕日に染まる風景が見え、その美しさに息をのんだ。
「山があって、海があって、川も流れていて。南房総ならば、自然をフルコースで楽しめます」

庭で次女と採ったフキノトウは、そのまま晩ご飯の天ぷらになる。
「家屋は居抜きで譲り受けました。冷蔵庫も洗濯機も、食器まで、前のご家族のものを使っています」
広い土地には畑を作り、ビニールハウスを3棟建てて、一年じゅう野菜を栽培している。この冬も、立派な小松菜、カブや大根などをたくさん収穫した。
「二地域居住を始めるまで、家庭菜園の野菜がおいしい、というのは気のせいだろうと思っていました。自分で育てた思いがそう思わせているだけで、プロの農家が作った野菜のほうがおいしいはず、と。でも実際やってみると、採れたての野菜はとっても甘かった。味は、鮮度と比例するんですね」
子どものために始めた二地域居住は、家族全員の心も体も健康にしてくれた。
南房総に移動するだけで、
心もデトックスできます。
心のデトックス効果なのか、20〜30代のころより、体調もいい。

この日、畑で収穫した大根。立派。「土からすくっと抜く瞬間がなんともいえず気持ちいい」
「ずっと生きてきて、今が一番健康です。子どものころはアトピーだったし、20代も消化器系がよくなくて、それが肌に表れていたけれど、いつの間にか解消しました。夏はシミもシワも気にせず、すっぴんで海に飛び込んでいます。最初は、健康になったのは新鮮な野菜のおかげと思いました。でも、東京ではジャンクなものも気にせず口に入れています。だから、ストレスが少ないおかげかもしれません。日常のこまごまとした心配事も、南房総へ来ると気にならなくなります」
その影響は、多忙な会社員の夫にも。
「仕事で気持ちが張り詰めて、よく眠れないことってありますよね。そんな時ですら、南房総へ来ると泥のように熟睡しています。こちらの夜は真っ暗。自然の音しか聞こえないから、深く眠れるのでしょうね」

食事をする部屋には、南と西からたっぷりと日の光が注ぐ。家具や家電の多くは前の住人のものを利用。
「夫は仕事が忙しいので一緒に行けないことも多いですが、夫婦が揃った日には往復の車を交代で運転しながら、子どものこと、仕事のこと、将来のことを話し合います。東京の家のリビングで向き合うと打ち明けづらいことも、海に挟まれた道を車を走らせ、同じ景色を見ながらだと、自然と口にできるんです」
また、子どもたちには、人生の選択が増えたはず、と馬場さん。
「東京の学校では、受験して、高校や大学への進学を前提に勉強をしています。でも、世の中にはもっと多くの選択肢がありますよね。年中泳げる仕事がしたいとか、歌手になりたいとか生きものに囲まれて暮らしたいとか。2カ所で暮らしてから、子も親も、考え方が自由になったと思います」
子どもは徐々に、自分の生活をつくり始める。中学生の息子は、部活終わりに南房総に来ることも多い。
「一人ずつ育っていって、最後は夫婦だけになるかも。いずれはこの古民家をシェアするか、誰かに貸して、私たちは敷地内に小さな小屋を建てて暮らそうかと話しているんです。ちょっと先ですが、南房総に完全に移住する可能性もあると考えています」
また、年齢を重ねることも楽しみに。
「どこで暮らしていても生きていくのは大変。でも、太陽の下で農作業をしているおばあちゃんは元気でかっこいい。自分の生活を自分の力でまかなっている力強さを感じます」

敷地内に、長野の養蜂家が越冬のために巣箱を置く。
採りたての新鮮なハチミツを分けてもらう。
◎馬場未織さん 1973年、東京都生まれ。ライター、南房総リパブリック理事長。建築設計事務所勤務を経て建築ライターに。里山生活をつづった『週末は田舎暮らし』(ダイヤモンド社)がある。
『クロワッサン』922号(2016年4月10日号)より

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