【白央篤司が聞く「自分でお茶を淹れて、飲む」vol.4】菊田朱美(鍼灸師)「お茶を飲む時間だけは、あえて何もしないと決めています。テレビもつけず、音楽もかけずに」
取材/撮影/文・白央篤司 編集・アライユキコ
身近で手軽な薬膳になり得るお茶
昨年にコラム集を1冊書き下ろした後、強い首のこりと眼精疲労に悩まされた。ワラをもすがる思いでとある鍼灸院を訪ねたら、「まずはお茶をどうぞ」と黒豆茶を出してくれる。香ばしくもやさしい味わいで、はじめての場所に緊張する思いがフッとほぐれた。そのお茶を淹れてくれたのが、今回ご紹介する鍼灸師の菊田朱美さんなのである(インスタグラムはこちら)。
菊田 黒豆は薬膳の中でもパワーフードなんです。体にとてもいいものだけど、食べるとなると下準備が大変じゃないですか。その点、お茶だと気軽に楽しめるのがいいですよね。
菊田さんのお宅にうかがってみれば、キッチンにずらりと茶瓶が並び、まるでどこかの研究所のよう。黒豆茶をはじめ、よもぎ、すぎな、びわ、松葉、どくだみなどなど。それぞれ単体で飲むこともあれば、気分でブレンドすることもあるという。
菊田 いわゆる薬草茶的なものが好きなんです。私が通った鍼灸学校では東洋医学の授業があって、漢方薬についても勉強しました。その延長で野草や薬草に興味を持って。お茶って、とても身近で手軽な薬膳になり得るんだな、と。まあそうはいっても、香りや味が好きだから飲んでるんですけどね(笑)。
せっかくだから何か淹れましょう、と言ってくださる。菊田さんが今の気分で飲みたいものを分けてください、とお願いした。
菊田 そうですねえ……きょうはよもぎかなあ。一番よもぎ茶が好きかもしれません。寒い時期にはもちろんですが、一年中飲める薬草茶。血行をよくし、身体を温めるので、冷え性や婦人科系疾患を持っている方にもおすすめです。
いろいろと教えてくれながら、しっかりと煮出していく。煮出したら、800mlは入りそうな大きな陶器のポットに移された。
菊田 一日で5~6杯は飲みますかね。私って、せっかちなんですよ。何かをしながら別の何かをしてしまう。だからお茶を飲む時間だけは、あえて何もしないと決めています。テレビもつけず、大好きな音楽もかけずにいる。そういう時間を作ることって、わりと大切だと思うんです。
人生ではじめて、よもぎのお茶をいただいた。しっかりと煮出していたので渋みもあるかと思いきや、さっぱりして飲みやすく、香りもほんのり。一日に数回、こんなやさしい匂いを感じる時間を持つことは、生活において良き句読点になるのだろうと思わされた。
沖縄で知ったのが月桃茶
菊田 ひとり暮らしを始めた十代の終わり頃からお茶を淹れるようになりました。私は愛媛県の愛南町というところで生まれ育ったんですが、祖母が山の中に住んでいて、お茶の木を植えていたんですよ。だからお茶は自家製。祖母の淹れてくれるお茶がね、おいしかったんです。うん、だから私はお茶が好きになったんでしょうね。
愛媛県は何度か訪ねているが、愛南町はこれまで縁が無かった。どんなところですか、と尋ね終わらないうちに「いいところなんですよー!」と笑顔が返ってくる。それだけで、ふるさと愛が熱く伝わってきた。
菊田 でもね、何もないところ。そこがいいんです。空、夕焼け、星がきれい。自然が残っています。
そんな自然に囲まれながら、手作りのお茶を飲むなんてどれだけ気持ちのいい時間だろう……と想像する。
現在、縁あって沖縄の竹富島にも定期的に出張鍼灸をされている。
菊田 私、薬草茶系は道の駅で買うことも多いんですが、沖縄で知ったのが月桃茶。これはリラックスしたいとき、よく飲んでいます。気持ちを整理したいときにもいい。定期的に匂いを嗅ぎたくなるお茶なんですよ。
色はごく薄めで、香りも強くない。かすかに甘みをつけた白湯のような印象で、ごくさっぱりした飲み心地。確かに、気持ちが不思議と落ち着いてくる。なんというのか……檜やひば材に囲まれて過ごしたときに感じる、気がすっきりするような感覚がよみがえってきた。
そして茶器は沖縄の焼きもの、やちむんのに替えて出してくださる。「せっかく沖縄のお茶を淹れるのだから」という心遣いがうれしい。
菊田 うつわの手ざわりを感じるのも、お茶の時間の楽しさですね。こういうの、ちょっとしたぜいたく。誰かが大事に作ったもので飲むと、味も変わります。気に入ったうつわで飲むと、よりおいしくなる。
鍼灸という仕事は「不調、痛み、不安を取りのぞき、その人の持つ回復力を後押しする仕事」と菊田さんは教えてくれた。疲れている人、不調を抱える人と毎日相対するのはさぞ大変なことと思う。そんな毎日の中で、自分をリセットし、自らの気を休めるためにも、お茶は菊田さんにとって欠かせない存在であるようだった。
帰り道、有楽町にある沖縄県のアンテナショップに立ち寄る。お茶のコーナーで月桃茶を探せば、すぐに見つかった。家で淹れて、あの芳香をまた楽しむ。石垣島育ちの友人に尋ねれば「島人ならみんな月桃のことは知ってると思うよ。私は庭に生えているのを適当に煮出して楽しむことも」なんて教えてくれる。その情景を想像していたら、どうにも現地で月桃茶を味わってみたくなってきた。あの柔らかな風の中でひとすすりしたら、きっとまた違う感慨が得られるのだろう。