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【白央篤司が聞く「自分でお茶を淹れて、飲む」vol.4】菊田朱美(鍼灸師)「お茶を飲む時間だけは、あえて何もしないと決めています。テレビもつけず、音楽もかけずに」

ペットボトルは便利だけど、「自分でお茶を淹れて、飲む」行為には、かけがえのない良さがあるように思えてならない……。「生活にお茶は欠かせない」人たちは、どんな風にお茶と付き合っているのだろうか?『台所をひらく』などの著書で知られるフードライターでコラムニストの白央篤司さんが「お茶」をテーマにインタビューする連載第4回は菊田朱美さんのお話です。

取材/撮影/文・白央篤司 編集・アライユキコ

身近で手軽な薬膳になり得るお茶

菊田朱美(きくた・あけみ) 東京・西荻窪にある鍼灸院「小菊堂」のオーナー鍼灸師。2018年に国家試験に合格後、2021年より西荻窪に同院を構える。明るく細やかでサービス精神旺盛な施術に定評あり。都内在住、猫2匹と暮らす。
菊田朱美(きくた・あけみ) 東京・西荻窪にある鍼灸院「小菊堂」のオーナー鍼灸師。2018年に国家試験に合格後、2021年より西荻窪に同院を構える。明るく細やかでサービス精神旺盛な施術に定評あり。都内在住、猫2匹と暮らす。

昨年にコラム集を1冊書き下ろした後、強い首のこりと眼精疲労に悩まされた。ワラをもすがる思いでとある鍼灸院を訪ねたら、「まずはお茶をどうぞ」と黒豆茶を出してくれる。香ばしくもやさしい味わいで、はじめての場所に緊張する思いがフッとほぐれた。そのお茶を淹れてくれたのが、今回ご紹介する鍼灸師の菊田朱美さんなのである(インスタグラムはこちら)。

菊田 黒豆は薬膳の中でもパワーフードなんです。体にとてもいいものだけど、食べるとなると下準備が大変じゃないですか。その点、お茶だと気軽に楽しめるのがいいですよね。

菊田さんのお宅にうかがってみれば、キッチンにずらりと茶瓶が並び、まるでどこかの研究所のよう。黒豆茶をはじめ、よもぎ、すぎな、びわ、松葉、どくだみなどなど。それぞれ単体で飲むこともあれば、気分でブレンドすることもあるという。

左からジャスミン、ルイボス、よもぎ茶。どれも菊田さんが日常的によく飲んでいるもの。
左からジャスミン、ルイボス、よもぎ茶。どれも菊田さんが日常的によく飲んでいるもの。

菊田 いわゆる薬草茶的なものが好きなんです。私が通った鍼灸学校では東洋医学の授業があって、漢方薬についても勉強しました。その延長で野草や薬草に興味を持って。お茶って、とても身近で手軽な薬膳になり得るんだな、と。まあそうはいっても、香りや味が好きだから飲んでるんですけどね(笑)。

お茶を煮出すのは土鍋で。「やかんだと洗いにくいから土鍋を使っているんです」と菊田さん。
お茶を煮出すのは土鍋で。「やかんだと洗いにくいから土鍋を使っているんです」と菊田さん。

せっかくだから何か淹れましょう、と言ってくださる。菊田さんが今の気分で飲みたいものを分けてください、とお願いした。

菊田 そうですねえ……きょうはよもぎかなあ。一番よもぎ茶が好きかもしれません。寒い時期にはもちろんですが、一年中飲める薬草茶。血行をよくし、身体を温めるので、冷え性や婦人科系疾患を持っている方にもおすすめです。

いろいろと教えてくれながら、しっかりと煮出していく。煮出したら、800mlは入りそうな大きな陶器のポットに移された。

静かな居間に、茶を注ぐ音が響く。湯を沸かすから淹れるまでの様々な水音も、飲む人の気持ちをなだめてくれるものだと思う。
静かな居間に、茶を注ぐ音が響く。湯を沸かすから淹れるまでの様々な水音も、飲む人の気持ちをなだめてくれるものだと思う。

菊田 一日で5~6杯は飲みますかね。私って、せっかちなんですよ。何かをしながら別の何かをしてしまう。だからお茶を飲む時間だけは、あえて何もしないと決めています。テレビもつけず、大好きな音楽もかけずにいる。そういう時間を作ることって、わりと大切だと思うんです。

人生ではじめて、よもぎのお茶をいただいた。しっかりと煮出していたので渋みもあるかと思いきや、さっぱりして飲みやすく、香りもほんのり。一日に数回、こんなやさしい匂いを感じる時間を持つことは、生活において良き句読点になるのだろうと思わされた。

菊田さんお気に入りのお茶うけ①/ふるさとの愛媛県愛南町「梶原製菓」のいちご大福。爽やかで香り豊かないちご×白あんの鮮烈なおいしさが忘れがたい。
菊田さんお気に入りのお茶うけ①/ふるさとの愛媛県愛南町「梶原製菓」のいちご大福。爽やかで香り豊かないちご×白あんの鮮烈なおいしさが忘れがたい。

沖縄で知ったのが月桃茶

菊田 ひとり暮らしを始めた十代の終わり頃からお茶を淹れるようになりました。私は愛媛県の愛南町というところで生まれ育ったんですが、祖母が山の中に住んでいて、お茶の木を植えていたんですよ。だからお茶は自家製。祖母の淹れてくれるお茶がね、おいしかったんです。うん、だから私はお茶が好きになったんでしょうね。

愛媛県は何度か訪ねているが、愛南町はこれまで縁が無かった。どんなところですか、と尋ね終わらないうちに「いいところなんですよー!」と笑顔が返ってくる。それだけで、ふるさと愛が熱く伝わってきた。

菊田 でもね、何もないところ。そこがいいんです。空、夕焼け、星がきれい。自然が残っています。

そんな自然に囲まれながら、手作りのお茶を飲むなんてどれだけ気持ちのいい時間だろう……と想像する。

棚にはマグや茶器がいっぱい。「旅先で買ったり、友達のおみやげだったり。陶器市を訪ねて買うことも」
棚にはマグや茶器がいっぱい。「旅先で買ったり、友達のおみやげだったり。陶器市を訪ねて買うことも」

現在、縁あって沖縄の竹富島にも定期的に出張鍼灸をされている。

菊田 私、薬草茶系は道の駅で買うことも多いんですが、沖縄で知ったのが月桃茶。これはリラックスしたいとき、よく飲んでいます。気持ちを整理したいときにもいい。定期的に匂いを嗅ぎたくなるお茶なんですよ。

「月桃茶は沖縄の健康茶の定番ですね」と菊田さん。ピッチャーのような形の急須もかわいらしい。
「月桃茶は沖縄の健康茶の定番ですね」と菊田さん。ピッチャーのような形の急須もかわいらしい。

色はごく薄めで、香りも強くない。かすかに甘みをつけた白湯のような印象で、ごくさっぱりした飲み心地。確かに、気持ちが不思議と落ち着いてくる。なんというのか……檜やひば材に囲まれて過ごしたときに感じる、気がすっきりするような感覚がよみがえってきた。

そして茶器は沖縄の焼きもの、やちむんのに替えて出してくださる。「せっかく沖縄のお茶を淹れるのだから」という心遣いがうれしい。

菊田 うつわの手ざわりを感じるのも、お茶の時間の楽しさですね。こういうの、ちょっとしたぜいたく。誰かが大事に作ったもので飲むと、味も変わります。気に入ったうつわで飲むと、よりおいしくなる。

気さくな人柄で、朗らかな雰囲気の菊田さん。
気さくな人柄で、朗らかな雰囲気の菊田さん。

鍼灸という仕事は「不調、痛み、不安を取りのぞき、その人の持つ回復力を後押しする仕事」と菊田さんは教えてくれた。疲れている人、不調を抱える人と毎日相対するのはさぞ大変なことと思う。そんな毎日の中で、自分をリセットし、自らの気を休めるためにも、お茶は菊田さんにとって欠かせない存在であるようだった。

菊田さんお気に入りのお茶うけ②/西荻窪「Kies」のクミンクラッカー。クミンは香れどマイルドな味わいで食べ飽きず、ついつい手が止まらない。
菊田さんお気に入りのお茶うけ②/西荻窪「Kies」のクミンクラッカー。クミンは香れどマイルドな味わいで食べ飽きず、ついつい手が止まらない。

帰り道、有楽町にある沖縄県のアンテナショップに立ち寄る。お茶のコーナーで月桃茶を探せば、すぐに見つかった。家で淹れて、あの芳香をまた楽しむ。石垣島育ちの友人に尋ねれば「島人ならみんな月桃のことは知ってると思うよ。私は庭に生えているのを適当に煮出して楽しむことも」なんて教えてくれる。その情景を想像していたら、どうにも現地で月桃茶を味わってみたくなってきた。あの柔らかな風の中でひとすすりしたら、きっとまた違う感慨が得られるのだろう。

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