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“飲む楽しみ”をずっと味わってもらうために。若手社員が挑む「介護+家電」プロジェクト。

  • 撮影・黒川ひろみ 文・澁川祐子

プロジェクトがスタートしたのは2019年春。メンバーは原田さんを含め、20代から30代の4人が集まった。

「数ある課題の中、自分たちは何に取り組むのか、選択肢を絞り込むのが大変でした」と、原田さんは振り返る。そのために嚥下の専門医はもちろん、介護施設の職員、病院の栄養部の先生、実際に家族の介護をしている人など、さまざまな立場の人を探してヒアリングした。

チームで実験を行っているところ。
飲み物の誤嚥を防ぐには、飲料にいかにとろみ剤で適切なとろみをつけ、口の中でコントロールしやすくするかが肝心。
飲み物によって最適なとろみの量を慎重に測り、データ化。

最初のうち、原田さんたちは、調理後に適切なとろみをつけられているかを判定する機器を考えていたという。だが話を聞くうち、そもそもとろみ剤(※)をどのくらい入れたらいいのか、作る前から困っていることに気づいた。

とろみ剤を入れる量は、嚥下障害の程度、飲み物の種類、温度によって異なる。多すぎたら喉に詰まりやすくなり、少なすぎれば誤嚥の危険が高まる。また、混ぜ方が不十分だとダマができてしまう。思った以上に問題が多いことがわかってきた。そこで、作るプロセスそのものを自動化することに方向転換した。

さらに、嚥下機能を維持、向上する手助けもできないかと考えた。

「とろみが均等について安定するまでには、とろみ剤を入れて撹拌してから水で1分、牛乳で5分ほど時間がかかります。その待ち時間を使って何かできないかと思ったのです。そこで専門家の先生に意見を伺い、発声トレーニングの機能を盛り込むことにしました」

カップに飲み物を注ぎ、撹拌子を入れてセットし、ボタンを押すだけ。
嚥下の状態に合わせ、3段階の濃度のボタンが選べる。

飲み物をセットしてボタンを押すと、適切な量のとろみ剤が投入され、撹拌が始まる。待つ間に「首を回してみましょう」「低い声で『いー』と言いましょう」と、「Swallowee」が発声を促す。いろいろな声を出すことによって、嚥下に必要な筋肉を動かしたり、刺激したりすることができるというわけだ。

そのほか、アプリと連携した機能も搭載。1日に必要な水分摂取量1500ミリリットルのうち、現在の摂取量を知らせる機能や、とろみ剤が減ってきたら自動で宅配してくれるサービスも検討している。

いつかはオンライン診療に役立てたい。

介護用調理器をイメージさせない小型で軽やかなデザインに。ダイニングテーブルにも置ける、暮らしに溶け込むものを目指した。
「飲み込む」「ツバメ」の2つの意味がある英語の「swallow」に「free(フリー)」の語尾を合わせ、親しみやすい名に。

起案から今日まで約1年。途中、社内の技術者やデザイナーなど、チーム外の人たちの力も借りながら、試作品を形にするところまで走り抜けてきた。

メンバーは、原田さん含め群馬拠点の2人と、大阪拠点の2人。全員で顔を合わせて話ができる時間は滅多にない。ふだんは、もっぱらチャットやオンライン会議を駆使してコミュニケーションを取る。プロジェクトの継続を問う大事な審査会の時でさえ、プレゼンをしてその日に大阪から群馬にとんぼ返りしなければいけないこともあった。

業務の25%の時間を費やしていいという規定はあるが、それでも日常業務に支障をきたさないためには、工夫して時間を捻出しなければいけない。そうまでして取り組んできたのには、これまで見聞きしてきた人たちの姿が脳裏に浮かぶからだ。

関心のあった介護と家電を結びつけ、問題解決に少しでも貢献できたら、と原田さん。

「昔からコーヒーが大好きだったがうまく飲み込めなくなったため、嚥下の専門医の先生についてもらってコーヒーを飲む時間をすごく楽しみにしている人がいました。口から飲むという“飲む楽しみ”自体が人にとっては大切だと実感したんです」

原田さんいわく、嚥下障害はまだまだ専門医が少なく、潜在的な患者も多いという。超高齢化がますます進む中、求められるようになるのはこれからに違いない。

「今は試作品がやっと形になったところ。商品化して多くの人に届けるにはまだまだがんばらないといけません。さらに将来的には、取り込んだ発声データを活用して嚥下機能のチェックをしたり、専門医とつないでオンライン診療ができるようにしたりなど、実現したいアイデアはもっとあります」。

原田さんは、すでにさらなる未来を見据えている。

※正式には「とろみ調整食品」のこと

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