『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』訳者・関 美和さん|本を読んで、会いたくなって。
翻訳者も思わず引き込まれる面白さ。
撮影・岩本慶三
「私は年間7〜8冊を翻訳しているので、読みながら訳していく場合もあります。この本は、読者に新鮮味を感じていただこうと、あえて結末を読まずに訳し始めたら『ええ?』と驚くことの連続で、どんどん引き込まれていきました」
こう語るのは翻訳者の関美和さん。ここ数十年の音楽ソフトをめぐる環境の変化は、激変という言葉では言い表せないほど。いま50代以上の人なら最初の音楽体験はレコード、カセットテープだったはず。それが’80年代にCDが誕生し一気にレコードを駆逐。ところが、2000年をピークにCDの売り上げは激減し、いまや「タダ」で聴くのが当たり前になった。
「はじめて買ったレコードは荒井由実の『ひこうき雲』でした。それがいまは、YouTubeで気になった曲を聴くだけ。最後にCDを買ったのがいつか、思い出せないくらいです」
この音楽をめぐる激変を、3人の男の人生を軸に描いたノンフィクションが本書だ。この3人それぞれが個性的で魅力的。売れない作曲家からついには世界最大のレコード会社のトップに上り詰めたやり手プロデューサー。「mp3(エムピースリー)」という音声圧縮技術を開発し、デジタル時代の音楽の流通を根本から変えた鬼才エンジニア。そしてアメリカの片田舎のCDプレス工場に勤めながら、違法コピーやコンピュータの修理で小銭を稼ぐ労働者。
「生まれも立場も違う、出会うはずのない3人が、お互いに知らないところで絡みあいながらストーリーは進みます。実話とは思えないほどドラマチックで、早々に映画化が決まったのもわかります」
後半、3人の人生は明暗を分けることになるのだが……。音楽の流通形態の変化は、音楽のあり方も変えてしまった。かつてはLPの表と裏で「世界」が完成していたのに、いまは1曲ずつコマ切れにされダウンロードされる。これは音楽の死なのだろうか?
「必ずしもそうではないと思います。CD売り上げが下がった分、ライブやフェスに落とすお金は増えています。マネタイズの方法が変わっただけで、いまの状態が最終形とも限りません」
最後に翻訳者として、ここを読んでほしいという部分は?
「CD工場に勤めながら新譜の横流しをしていた主人公の男性とリークグループのリーダーの最後の会話です。少ない言葉で心が伝わるやりとりがあって……。訳しながらジンと来てしまいました」