原田マハさんと行く京都美術散歩。俵屋宗達の名画を間近に見られる養源院へ。
撮影・青木和義
「とにかく謎だらけの人物です」
このように原田さんが言うのが、江戸時代初期の絵師・俵屋宗達。生涯に不明な点が多く、生没年も不詳だ。京都を中心に活躍し、本阿弥光悦とともに琳派の祖と言われている。
血縁や直接の師弟関係を中心に画派を形成した狩野派とは対照的に、琳派と呼ばれるグループは、尾形光琳、乾山兄弟が宗達や光悦に私淑、簡単に言えば、先人を勝手にリスペクトして自らの絵画表現や工芸の技に磨きをかけていった。
三十三間堂の東向かいに位置する養源院の本堂では、俵屋宗達が描いた杉戸絵や襖絵を鑑賞できる。
「これですねー」と、原田さんが対面を心待ちにしていたのが、杉戸に描かれた『白象図』(重要文化財)だ。
なぜ、白象が描かれたのか。養源院は、豊臣秀吉の側室・淀殿の願いで、父・浅井長政らの慰霊のために創建された。その後、落雷で消失したが、淀殿の妹で、二代将軍徳川秀忠の正室・江(崇源院)によって再建された。豊臣家の紋・桐と徳川家の紋・三つ葉葵が併存する豊徳和合の寺でもある。
「そのお江さんが、象の絵がいいと言ったという説があります」とは、お寺の解説。象から連想されるのは、象の頭を持つ歓喜天。この仏さまは二体で一つであり、豊徳和合に通じるというわけだ。
杉戸絵には、左右の戸にそれぞれ一頭の白象が描かれている。一頭はよちよち歩いている子象のようで、もう一頭は、我が子を振り向いて見守る母象のようでもある。
象の白は、貝殻から作った白色絵の具・胡粉が惜しげなく使われている。
「天才の仕事ですよ。白を塗り残し、地の杉戸の茶色をそのまま生かすことで、輪郭にしています。塗り残しの加減が絶妙で、杉戸からあふれんばかりの構図と相まって、いまにも動きだしそうです」
塗り残しで表現された、鼻や耳のしなやかな曲線、どっしりとした重量感が伝わる脚に幾重にも入ったシワ。尻尾の先の毛の柔らかさ。
「近づいて見ると、筆の跡が残っていて、宗達の息吹が感じられそうです」
レオナルド・ダ・ヴィンチが 編み出した手法に通じる?
写真では紹介していないが、養源院に宗達が残した作品の中で、じっくり鑑賞したいのが、襖に描かれた『松図』。前頁で見た、狩野松栄・永徳父子が描く松とは全く違う。
「松の葉の表現に注目してください。『たらしこみ』という技法で、松葉がぼかして描かれていますが、これは、レオナルド・ダ・ヴィンチが編み出したと言われる『モナリザ』の手のぼかし表現と同じなんです。宗達はダ・ヴィンチのことなんて知らなかっただろうに、これはシンクロニシティ(意味ある偶然の一致)なのかもしれないと考えると、わくわくしてきます」
養源院俵屋宗達/白象図ほか。京都市東山区三十三間堂廻町656 ☎︎075・561・3887 拝観時間9時~16時。拝観休止日12月31日、1月・5月・9月の21日午後。拝観料500円。
『クロワッサン』935号より
●原田マハさん 作家/はらだ・まは●キュレーターとして活躍した後、作家に。美術をテーマにした作品も多く、『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞受賞。最新作は実話がベースの『デトロイト美術館の奇跡』。