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『お江戸・東京 坂タモリ 新宿・渋谷・目黒区編』タモリ 写真・著──江戸時代から景観の変化が少ない坂の魅力

太田記念美術館 上席学芸員。『浮世絵でたどる! 江戸の凸凹地形散歩』『写楽 SHARAKU』ほか著書多数。渡邉 晃さんが紹介する一冊。

文・渡邉 晃

『お江戸・東京 坂タモリ 新宿・渋谷・目黒区編』 タモリ 写真・著 ART NEXT 1,980円
『お江戸・東京 坂タモリ 新宿・渋谷・目黒区編』 タモリ 写真・著 ART NEXT 1,980円

坂道に造詣が深く、「坂道写真家」としても知られるタモリ氏による坂道本の新刊が出版された。2022年の「港区編」に続く4年ぶりの続編で、今回は新宿区、渋谷区、目黒区の坂を収録する。

世界的に見ても、東京は高低差の豊かさが魅力的な景観を生み出す大都市である。近年は、江戸時代以来の歴史も踏まえ、高低差や暗渠(あんきょ)といった視点から地形を楽しむ街歩きが人気を集め、関連書も相次いで刊行されている。その流れを後押しした最大の存在は、言うまでもなく坂道好きを公言するタモリ氏だろう。タモリ氏は本書の監修者・山野勝氏とともに、2000年に日本坂道学会を結成。2009年に放送が始まったNHK『ブラタモリ』でも、古地図を手がかりに都内や全国各地を歩き、坂に限らず地形を楽しむ視点を広く示してきた。

本書の制作にあたり、タモリ氏は全148坂、4,400カットを撮影。うち108坂が厳選して収録されている。早朝に出掛け、納得がいくまで同じ坂を何度も撮影したこともあったという。天候はもちろん、人や車が通らない瞬間にまでこだわり、坂道そのものが際立つ構図で撮影された写真は出色の出来だ。静謐な雰囲気の中で、物言わぬ坂がそれぞれの表情を見せ、人が写っていないからこそ、江戸時代からの時の流れも想像しやすい。

筆者は、浮世絵に描かれた名所の作画地点と江戸―東京の地形との関わりを研究しているが、地形への興味の原点は、幼い頃に東京の坂の多い町で育ったことだった。東京の坂は、急な坂、ゆるやかな坂など勾配の違いや、先が見えそうで見えない曲がり具合、時代劇を思わせる江戸以来の風情などが大きな魅力だが、本書が「勾配」「湾曲」「江戸情緒」「由緒」の4項目から坂道の魅力を評価している点には大いに納得させられる。

タモリ氏によれば、坂道は江戸時代から景観の変化が少ないことも魅力の一つだという。本書では前作「港区編」に比べ、江戸時代には郊外の趣が強かった新宿・渋谷・目黒区を扱っている。近年でも大規模な再開発が各地で進む港区とは異なり、古い地名が残り、江戸の風情を感じさせる坂が多かったそうだ。

このエリアには、浮世絵と関わりの深い坂も多い。葛飾北斎は「冨嶽三十六景」で神宮前の勢揃坂を描き、目黒の行人坂も浮世絵師たちに繰り返し取り上げられた名坂である。歌川広重にいたっては、「東都名所坂尽」という坂を集めた、まさに本書と同じコンセプトのシリーズを手掛けているほか、代表作「名所江戸百景」でも、茶屋坂や目切坂など名坂が連なる目黒北側の台地に特に注目し、同エリアから5カ所もの名所を描いている。高低差が生む景観の魅力を知り尽くした、いわば「江戸のタモリ」ともいえる絵師だった。

本書は切絵図や、浮世絵に描かれた坂などの図版も豊富に収録しており、実際に現地に足を運んで、江戸時代の地図や景観と見比べながら、坂を楽しめる親切な設計となっている。本書をきっかけに、また新たな坂道好きが多く生まれることだろう。

  • 渡邉 晃 さん (わたなべ・あきら)

    太田記念美術館 上席学芸員

    『浮世絵でたどる! 江戸の凸凹地形散歩』『写楽 SHARAKU』ほか著書多数。

『クロワッサン』1168号より

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