考察『豊臣兄弟!』15話 小一郎(仲野太賀)&藤吉郎(池松壮亮)の奔走虚しく…姉川大合戦、織田信長(小栗旬)の修羅の入り口。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
「お子と別れるということでしょう」
修羅道。
仏教における地獄の一つで、永遠に激しい戦いを繰り返し、怒りと苦しみが続く世界。
15話の姉川大合戦は、織田信長(小栗旬)が踏みこむ修羅道の入り口だ。
小一郎(仲野太賀)と藤吉郎(池松壮亮)兄弟はなんとか戦を回避できないかと模索する。
お市(宮﨑あおい)が嫁いだ浅井長政(中島歩)と織田が戦えば、悲劇は避けられぬ。
だが、信長の浅井攻めの意志は覆らない。
裏切った浅井を叩き潰さねば、次々と織田への反旗が翻るだろうと言い、
「世に知らしめるのじゃ。我らを裏切った者の末路は地獄であると」
小一郎は、戦を止められないならせめてお市だけでも織田に戻るよう説得できないかと思案する。が、姉のとも(宮澤エマ)は不可能だと言い切る。
「お市様が織田に戻るということは、お子と別れるということでしょう。そんなの無理よ」
目線の先には可愛い盛りの息子、万丸(よろずまる)。
惜しみない母の愛を受けて育つその姿が、これから起こる戦国乱世の残酷さを際立たせる。
ところで、この場面。万丸と戯れる小一郎を見た慶(ちか/吉岡里帆)の様子で、ふと思ったことがある。
慶「子が嫌いなのです」
慶は亡夫との間に子供はいないのだろうか。
もしいるのなら、その子は今どうしているだろう。
前回(14話/記事はこちら)、小一郎が戦に出ている間に2、3日家を空けた理由。人目を忍んで我が子と会っている可能性はないだろうか。
いずれにせよ、慶はまだ小一郎には話せぬ事情を抱えているようだ。
お市の覚悟
元亀元年6月19日(1570年7月21日)、金ヶ崎の退き口から2か月も経たないこの日。
信長は北近江(現在の滋賀県長浜市)に向けて進軍を開始する。
6月21日、浅井の本拠地・小谷城目の前の虎御前山に着陣。
小谷城は小谷山の尾根に沿って築かれた難攻の要害である。
虎御前山で布陣している間、小一郎・藤吉郎兄弟は、お市への説得の手紙の返事を待つが、小谷城からの動きはない。手紙を届けた間者(浦上晟周)の主、柴田勝家(山口馬木也)の焦り。
間者は凄惨な最期を遂げたので手紙が返ってくることはないのだが、そうでなくとも覚悟を決めたお市は、城を出る返事は出さないだろう。
お市の無言の覚悟を受け取って、信長が命を下す。
6月24日、織田軍は横山城を包囲した。
横山城は小谷城から姉川をへだてて南へ約7キロメートル。
浅井方にとっては、横山城を織田に奪われ、小谷城攻めの拠点にされると厄介である。
おりしも、越前朝倉義景(鶴見辰吾)に遣わされた朝倉景健(かげたけ/重岡漠)が援軍として小谷城に到着した。
朝倉義景本人が来なかったことによる浅井軍の落胆ぶりと、景健の小物感たっぷりなイキり方のせいで大したことないように見えるが、兵力はおよそ8000名。強力な援軍である。
長政は打って出ることを決めた。
家康、渾身の土下座!
同じ日、織田軍にも援軍が到着していた。
徳川家康(松下洸平)が約5000名の軍を率いて信長と合流したのだ。
信長から「6月19日までに着陣を」との文を受け取っておきながら、6月24日到着なので完全に遅参である。
ただ、信長が岐阜を出発したのが6月19日。北近江到着が21日。三河(愛知県岡崎市)の家康に、それよりも先に浅井の領内に布陣せよというのは、家康にとっては若干イラッとする要求かもしれない。
信長「遅かったのう。そなたにも裏切られたかと思うたわ」
家康「めっそうもない。武田への備えに追われておりました」
シレッと答える家康だが、突如現れた前田利家(大東駿介)、佐々成政(白洲迅)とその手勢に取り囲まれ、顔色を変える。
家康を睨め付ける信長、ドスの利いた声で「他に申したきことはあるか」。
その声音に激怒の色を感じ取った家康は震えあがり、土下座で詫びた。
「誠に申しわけございませぬ! 二度とこのようなことはいたしませぬ!」
意図的な遅刻を見透かされて、生きた心地もしない家康。
石川数正(迫田孝也)に「儂は姿を消す。織田信長に殺される」と告げて戦線離脱した。
なお、この遅刻劇は完全フィクションである。
信長の家康への怒りを、前田利家は藤吉郎に伝える。
利家「驚いたわ。たかが遅参であれだけお怒りとは」
藤吉郎「それだけお心を痛めておられるということじゃろう。おいたわしい」
信長の心痛を慮る藤吉郎に、利家は何か言いたげであったが言葉を飲み込み、
「お前も殿の機嫌を損ねぬよう、せいぜい気を付けることじゃな」
それだけ忠告して立ち去った。
馬廻衆として信長の傍近く侍る利家は、主君の変化を肌で感じているのではないか。
そのことを、信長への忠義が厚い藤吉郎には言いづらいと見える。
優しい男だ。
兄弟が生き残ってきた理由
6月28日の朝、卯の刻(午前6時頃)。
姉川を挟んで対峙した織田・徳川連合軍21,000、浅井・朝倉連合軍13,000はついに激突する。
姉川大合戦。序盤は、数に勝るはずの織田・徳川軍が浅井・朝倉軍に押し込まれ劣勢であったという。
この合戦場面で小一郎と藤吉郎、この兄弟だからこそ生き残ってこられた理由が描かれる。
小一郎が藤吉郎を守るために敵兵に刃をふるう!
返り血を浴びて絶叫する小一郎。
すぐに弟の手を取り、落ち着かせようと深呼吸を促す藤吉郎。
前回レビュー(14話/記事はこちら)で、どうしても敵に刀を振り下ろせない小一郎の姿に、そのたび弟を守る藤吉郎の手が血に染まってゆく、それについて小一郎はどう感じているのだと書いた。小一郎の初陣・桶狭間合戦から10年。幾度も戦を経験したであろうに、これまでどうしてきたのだと疑問を抱いたのだ。
この姉川での兄弟の姿で、小一郎の自我が崩壊しないよう、藤吉郎が必死で繋ぎ留めてきたことが伝わった。
自分が斬った足軽から
「おっかあ!」
断末魔の悲鳴が上がる。この戦場にいるのは皆、誰かの息子、誰かの父。
人を殺すたびにその思いが頭をもたげ、正気を失いかける小一郎。
その瞬間、やたらデカい足軽が目の前に躍り出てきた。
藤吉郎の出で立ちを見て目を輝かせ、
「お前、偉いやつか!」
浅井家家臣、藤堂高虎(佳久創)。
この姉川合戦が初陣の14歳、血気盛んなローティーンである。
初陣での武功に逸り槍を振るって大暴れ。
藤堂高虎は幼い頃から人並み外れた巨躯の持ち主で、身長6尺2寸(約190センチ)と伝わる。佳久創の姿は逸話そのままだ。
「藤堂高虎 兜」で検索してほしい。
左右に約90センチもある纓(えい)がついた兜を初めて見た人は異口同音に「こんなの、本当に被ってたの?」と言うのだが、このドラマの高虎なら実際に被ってたんだろうなと納得できる。
藤堂高虎所用唐冠形兜は、名古屋・徳川美術館で現在開催中の「豊臣兄弟! 特別展」で実物が展示されている。(6月14日まで。大阪、東京巡回予定)
大型犬が飛び込んで来たような高虎の登場で、陰惨な戦場が一瞬だけ明るくなった。
「ここは地獄じゃ」
4時間もの激闘。巳の刻(午前10時頃)、家康の軍勢が朝倉軍を側面急襲する。
姿を消したために逃げたと陣内で噂された徳川家康だったが、信長の命による奇襲のため本隊から離れたことが明らかになる。
この攻撃により形勢は一気に逆転。劇的な場面である。
姉川合戦での織田・徳川連合軍の勝利は徳川軍のめざましい働きによるものという記述は、江戸初期の軍学書「甲陽軍鑑」(高坂昌信口述/小幡景憲編纂か)などに見られるが、徳川家康を持ち上げるための創作という説が有力だ。
本作では「信長の命令による攻撃」として描かれ、バランスを取っている。
浅井・朝倉勢が総崩れとなった、そのとき。
浅井長政家臣、遠藤直経(伊礼彼方)がイチかバチかの賭けに出た。
「浅井備前守(長政)討ち取ったり! 殿(信長)にお目通りを!」
戦場を駆け抜けるその姿、その声。藤吉郎には見覚えがある──浅井長政の側近!
信長暗殺を謀り、首実検を装って信長の目の前まで近づいた直経を、小一郎&藤吉郎が阻止した。
遠藤直経の信長暗殺未遂は、豊臣秀吉の伝記『太閤記』に記される逸話だ。
浅井長政は小谷城に撤退する。
勝鬨が上がるが、勝利の高揚は小一郎たちにはない。
姉川の河原に累々たる屍。
それらの遺骸は織田の者とも、浅井、朝倉の者とも見分けがつかない。
戦は終わったはずなのに、それに気づかぬ兵同士が、まだ殺しあっている。
三途の川の畔のような河原を、とぼとぼと歩く、小一郎と藤吉郎兄弟。
「ほんとに、わしらは勝ったんかのう」
「わからん。わからんけど、ここは地獄じゃ」
血と夕陽が真っ赤に染める戦場は、まさに修羅道と呼ぶほかなかった。
次回予告。
信長「一人残らず撫で斬りにするのじゃ」比叡山焼き討ち。仏敵、第六天魔王がこの世に出現する。織田家家臣の藤吉郎、その家族も武士としての宿命から逃れられない。幼い万丸が、母のともの腕から奪われる──。
16話が楽しみですねと言ってよいものか。でも続きが気になる。
*******************
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
*******************
主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・織田信長編 合本』中公文庫,1999年
谷口克弘(著)『織田信長合戦全録──桶狭間から本能寺まで』中公新書,2002年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年.