心の扉をほんの少しひらいたら分け合う仲間がすぐそばに──髙橋直子さん 人生をひらくケア(2)
撮影・濱津和貴 構成&文・殿井悠子
「この子には、仲間ができないんじゃないかと思ったんです」
髙橋直子さんはそう振り返る。娘・輝莉ちゃんの病気が何なのかわからなかった頃のことだ。なかなか立てない、歩けない。何度も病院に通ったが、検査では異常が見つからない。
理由の見えない不安は、少しずつ髙橋さんの心を追い詰めていった。
「誰にも言えませんでした。かわいそうって思われたくなかったし、『大変だね』と言われるのもつらくて」
元気な親子を見るだけで涙が出た。電車に乗れなくなった時期もある。母親なのだから、自分が頑張らなければならない。そう思えば思うほど、弱音を吐けなかった。
そんなある日、テレビで流れていたのは、一組の親子の姿だった。輝莉ちゃんと同じくらいの年頃の、車いすで暮らす女の子。父親を遠慮なくツッコみ、その隣で母親が笑っている。そこにあったのは、「かわいそうな家族」ではなく、ごく普通に笑い合う家族の姿だった。髙橋さんはその女の子のSNSを探し、思い切ってDMを送った。娘のこと、不安で誰にも話せなかったことを、見知らぬ相手に打ち明けた。
返ってきた言葉は、意外なほど軽やかだった。
「私も最初は同じ気持ちだったよ。でもね、話してみると、意外とみんな優しいよ」
その一文に、ふっと力が抜けたという。
「次に会った友人に話してみようと思えたんです」
勇気を振り絞って打ち明けたとき、友人は変な同情も励ましもせず、ただ「よく話してくれたね」と言ってくれた。その一言に、張りつめていたものがほどけた。そこから少しずつ、娘の学校へ、職場へと話せるようになっていった。
「ひとりで抱えていた不安が、少しずつ“誰かと分け合えるもの”に変わっていった感覚でした」
そのとき、髙橋さんの中には別の思いも芽生えていた。それは、「同じように孤独を抱えているかもしれない誰かと、つながりたい」という思いだった。娘の病気と向き合う日日のなかで芽生えたその感情は、やがて「この子たちはかわいそうな存在ではないことを伝えたい」という確かな原動力へと変わっていった。
「仲間がいないと思っていたのは、あの頃の私自身だったんです」(続く)
『クロワッサン』1162号より
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