『もぬけの考察』著者、村雲菜月さんインタビュー。「日常に潜む違和感に焦点を当てたい」
撮影・谷 尚樹 文・堀越和幸
「日常に潜む違和感に焦点を当てたい」
ある日会社に通うのをやめてしまった初音、夜の繁華街でナンパを繰り返す大学生の末吉、友人が出張のためペットの文鳥を預かることになった住人、そして貧しい画家の私、と物語は4人の主人公によって構成されている。
彼らに直接のつながりはない。共通点があるとすれば、彼らはみんな都会のとあるマンションの一室、408号室の歴代の住人であるということ。そして、入れ替わる住人たちは必ず最後は思いもよらない形で消されるようにこの部屋からいなくなってしまうということ。
本作で村雲菜月さんは第66回群像新人文学賞を受賞した。
「私自身一人暮らしが長くて何回か引っ越しを経験しているのですが、そのたびにこの前に住んでいた人はどんな人だったんだろうと、想像することがありまして……」
新住居のポストに前の住人宛の郵便物やDMが届く。小説にも描かれるが、これは実体験だ。
「自分とは全く関係のない人が同じ部屋に住んでいることを考えると不思議というか怖い気もして、そんな違和感をモチーフにこの作品を書いてみようと思いました」
小説を書くことで、ストレスを発散。
部屋の窓から臨む隣のビルの屋上の景色、そこを徘徊する太った野良猫、隣の部屋から漏れ伝わってくる男性の咳の音、当たり前の話だが、住人が変わっても部屋の環境は変わらない。けれどもーー。
「自分が見て認識している世界って、他人が見ているそれと同じようでいてけっこうな違いがあるのではないか、と常々考えるところがありまして。小説を4つの章に分けたのはそのことを表したかったから、ということもあります」
部屋を見る視点は人間だけに留まらない。文鳥を預けられた住人の章では、住人だけではなく時に文鳥の視点で部屋の空間が描写され、さらには壁に自室の絵を描き続ける画家の場合は、ついに画家自身が部屋そのものに飲み込まれてしまい、その視点はといえば……と、展開の飛躍ぶりがすごい!
そもそも小説を書き始めたのはコロナ禍がきっかけだった。
「テレワークや外出自粛で暇な時間が増えて、小説でも書いてみようかなと考えたのが最初です」
小説教室を見つけ、初めての作品を提出した時は散々だった。それから先生の指導で、体験したことを基点に物語を考えるようになった。
「そのほうがリアリティのある小説になることがわかりました」
小説は勤め先から帰ってきてからの平日の2〜3時間、予定がない休日は一日中書いている。
「書くのが好きなので、むしろそれでストレス発散をしているような感じです」と言いながらも、職業作家になるつもりはないのだそう。
「これまでにもそうなりたいと考えたことは一度もないので。でも、小説はずっと書き続けていきたい」
無欲ともとれる発言は、きっと書くことを楽しむ純度の高さゆえだろう。次作への期待が高まる。
『クロワッサン』1105号より