京都北部、丹後地方で、美食と静かな時間を楽しむ。
京都府の最北部にはまだ知らない「京都」がありました。
撮影・高橋マナミ 文・中岡愛子
「今日も“うらにし”ですねえ」
京都といえば華やかな古都のイメージだが、ここは京都府北部、日本海に面したのどかな丹後地方。
訪れた先で、地元の人たちが口々につぶやいた“うらにし”とは、界隈特有の変わりやすい天気のこと。勢いよく雨が降っているかと思えば次の瞬間には晴れ間が差し込み、やがて雲に覆われまた晴れて……。
秋冬に大陸から吹く南西風による移り気な気候が、良質な水と適度な湿度をもたらし、この土地の豊かな食材と文化を育んでいる。
日本書紀に記されるほど歴史が深く、江戸時代以降は日本最大の絹織物「丹後ちりめん」の産地として栄えた京丹後。湿気を含んだ空気が、乾燥すると切れやすい絹糸に優しく、海産物や醸造産業の発展を支えてきた。
北前船の港町として北海道の昆布のほか各地の産物の取引で賑わったこの土地は、京都の名料亭『和久傳(わくでん)』発祥の地でもある。
冬は蟹、鰤など海の幸がとりわけ美味。四季の風景と食材に魅かれて移住してきた料理人や作り手も多く、彼らの幸せそうな笑顔にも心癒やされる。
(車の場合)
京都市内から約1時間30分。
大阪市内から約2時間。
名古屋市内から約3時間30分。
(電車の場合)
京都駅から特急で約2時間30分。
大阪駅から特急で約2時間30分。
(飛行機の場合)
但馬空港から車で約1時間。
関西空港から車で約3時間。
神戸空港から車で約2時間30分。
豊かな食材に魅せられた料理人たちがもてなす店。
西入(にしい)る
「西」の最果てから丹後半島へ、ポルトガル人シェフの鮨割烹。
2022年6月オープン。「魚、米、野菜、果物、料理人に必要なものがすべて近くにある」と、ポルトガル出身のリカルド・コモリさんは目を輝かせる。
調理師学校に在籍していたときから和食一筋で、リスボンの日本食レストランでともに働いていた妻の美穂さんと、「本物を学びたい」と7年前に来日した。
銀座のカウンター割烹などで地道に研鑽を積むなか、「食材ありきの繊細な味つけ」の京料理に魅了され、修業の場を京都市内へ。
2022年2月、訪れた丹後半島の「景色と食材に一目惚れ」して夫婦で移住し、築120年の蔵を改装したカウンター6席の店の主となった。先付から鮨まで正統派ながら、棒鱈に海老芋を合わせたバカリャウコロッケ風など、時折見せる遊び心も楽しい。
●京都府宮津市新浜1968
TEL.080・8370・4537
営業時間:18時一斉スタート(完全予約制。2日前17時までに予約)
水・木曜休(祝日は営業)、12月31日〜1月2日休
uRashiMa(ウラシマ)
「総菜盛り」から胸高鳴る海山の幸溢れるピッツェリア。
海色の薪窯でピッツァを焼く姿は真剣そのもの。
「親父の魚を使いたくて、こっちで独立したほうが面白そうと思いました」と、くしゃっと笑う藤原英雄さん(下写真・左。右は母・たつ美さん)は、兵庫・赤穂のナポリ料理の名店『さくらぐみ』や現地での修業を経て、神戸北野ホテルのイタリアンで8年間シェフを務めた料理人。
生まれ育った海沿いの街で、2017年、実家である『藤原鮮魚店』の一部を改装し、この店を開いた。
海まで1分というナポリさながらの立地に、バイ貝と地ダコのサラダ、地元で人気の『弥栄(やさか)窯』のパンを使ったブルスケッタなど、丹後の恵みを駆使した「総菜盛り」もナポリ仕立て。31種から選べるピッツァを食べる頃にはすでにまた訪れたくなっている。
●京都府京丹後市網野町浅茂川328・5
TEL.0772・72・3798
営業時間:11時30分〜19時
木曜休、12月30日〜1月3日休
あみけん
自然派ワインと楽しむ焼き鳥、ビストロ料理。デザートまで満喫して。
元・織物機料品店の建物を改装し、1階はカウンターとテーブル席、カラフルな壁が印象的な2階はテーブル席がメイン。
京都市内のホテルのフレンチで基礎から学び、故郷にUターンした店長の大垣翔平さん(下写真・右から2人目)を筆頭に、地元を愛するスタッフが元気よく迎えてくれる。
フレンチの技法で表面を香ばしく、中をふっくら仕上げる炭火焼き鳥をメインに、軽く燻製した間人(たいざ)産サワラの皮目のみを焼き、蓮子鯛の骨からとった熱々のスープにディルやルッコラを合わせた一品など、素材合わせも楽しいアラカルト料理がずらり。
「自然派ワインやカヌレなどデザートもぜひ」と薦めてくれる大垣さんの笑顔もいい。
●京都府京丹後市峰山町杉谷1134・7
TEL.0772・62・4121
営業時間:17時30分〜23時(LO22時)
火曜ほか月3回不定休、12月31日〜1月2日休
鮨 坐忘(ざぼう)
古代の歴史にも造詣が深い経験豊かな鮨職人がお出迎え。
東京の日本料理店で修業後、ロサンゼルスとニューヨークのミシュラン星つきの鮨店で7年ずつ。帰国後、六本木の鮨店を経て、縁あって家族で宮津に移住した明石洋一さん。
リゾート施設の敷地内にある、全8席のカウンターで、幸せそうに鮨をにぎる。
「丹後の海では、エビ、毛蟹、鰤、鱈……暖かい海と寒い海に生息する魚がどちらも獲れる。住んでみてはじめて知りました」。
雪解け水のミネラル豊富な水田で育つ宮津のコシヒカリに赤酢を合わせたシャリ、昆布と本枯れ節を効かせたガリには薄く切った奈良漬けを添えて。丹後の歴史に興味を持つ勉強家でもあり、食や器を通して土地の魅力を知ることができる。
●京都府宮津市日置3560・17
TEL.050・3181・6269(予約専用)
営業時間:18時〜(前日までに要予約)
不定休、年末年始無休
《ご利益スポット》元伊勢籠(もといせこの)神社
〝伊勢神宮の故郷〝といわれる、丹後で最も格の高い古社。
天橋立の北浜に位置し、丹後一宮として、国宝や多くの文化財を所蔵する。
伊勢神宮とのつながりが強い地域とされ、彼の地に奉られた天照大神、豊受大神(とようけのおおかみ)はこちらから遷されたともいわれている。
天橋立はもともと籠神社の参道として発展し、天と地、神様と人を結ぶ架け橋と信じられていたという。
奥宮にあたる真名井(まない)神社は、約3000年前の姿のままの祭祀場があり、夫婦和合、延命長寿、縁結びなどのご利益で知られるパワースポット。
●京都府宮津市字大垣430
TEL.0772・27・0006
開門7時30分〜16時30分(土・日・祝は延長の場合あり)
地のものをおみやげに買いながら、ちょっとひとやすみ。
Kanabun(カナブン)
地元素材を生かしたケーキとアジアの手仕事を楽しみに。
気持ちよく枝葉を伸ばすざくろの木が目印。
緑あふれる一軒家は、「大学時代から雑貨が好き」という店主・給田能光さんが祖父の営んでいた文房具店を、妻の利枝さんや仲間と解体から左官、塗装まで、1年がかりで改装して仕上げたもの。
『キンザザ』というアジア雑貨店から始まり、「お茶を飲みながら雑貨探しを楽しんで」とカフェ併設になって18年。利枝さんが作るタルトやいちごショートなどシンプルでしみじみおいしいケーキは、地元の人たちが家族の誕生日のたびにホールで注文するという看板メニュー。「YouTubeでラテアートの特訓をした」と笑う給田さんのおおらかな接客も心地よく、つい長居してしまう。
●京都府京丹後市網野町網野2808・2
TEL.0772・72・6030
営業時間:10時〜19時
水曜休(祝日は営業)、1月1日休
YAMASHO(ヤマショウ)いととめEAT(イート)店
地域の名産品を揃えるオーガニック食材店。
「ここ数年、丹後には若い作り手さんがどんどん増えていて面白いですよ」と社長の山本繁仁さん。
オーガニックなものと地元のローカルフードを勢いよくセレクトし、コッペ蟹が1杯600円で売られているかと思えば、鯖のおぼろが特徴の郷土料理「丹後ばら寿司」、間人のへしこ、京丹後に5軒あるという蔵元の地酒、京都市内から移住してきた若手ブルワーによるクラフトビールなど、新旧問わず地域の名品がこちらでほぼ揃うほど。
ホテル出身のシェフが作る塩プリンや地元のおばあちゃんのレシピを受け継ぐぼたもちなど、オリジナル商品のおいしさも特筆もの。品数が豊富な午前中に出かけるのがおすすめだ。
●京都府京丹後市大宮町周枳1670
TEL.0772・64・5295
営業時間:10時〜20時 無休
キコリ谷テラス
オーガニック野菜の直売所は丹後のおいしい情報発信地。
神奈川・葉山で音楽関連の仕事をしていた稲鍵佐代子さんが、本格的に有機農業に取り組む場所を探していた夫の大場亮太さんとともに、祖父の出身地である京丹後に移住したのは2014年のこと。
仲間たちとつくる里山を含んだこの場所は、地元の農家に弟子入りしてさらなる経験を積んだ亮太さんが手がける「SORA農園」のオーガニック野菜の直売所として2017年に始まった。
もともと「音楽以外の仕事もしたい」と料理を学んでいた佐代子さんが、農園野菜と地元の魚を駆使したサンドイッチなどカフェメニューでおもてなし。丹後の農家の加工品や地元食材を使ったお菓子など、厳選した土地の美味が満載だ。
●京都府京丹後市弥栄町船木407
TEL.0772・66・3210
営業時間:11時〜16時(土日10時〜17時)
月・木曜休、別途冬季休業あり。
年末年始の営業はインスタグラム(@sorafarm)にて。
《ご利益スポット》金刀毘羅(ことひら)神社
猫好きにはたまらない、〝狛猫〝に会える神社。
「丹後峰山のこんぴらさん」と呼ばれ、御祭神は大物主大神(おおものぬしのかみ)。「人の身につき願ひて叶はざることなき大神」と称えられるほど、広大無辺な御神徳があるといわれる。
珍しいのは、狛犬ならぬ、「阿吽」の狛猫が迎えてくれること。神社のある峰山は、丹後ちりめん発祥の地。ちりめんの絹、養蚕の大敵であるネズミからちりめんを守る「機械養蚕の守護神」に仕えるものとして、狛犬ではなく狛猫となったという。
その愛嬌ある阿吽の一対に、全国の猫好きも大注目。天気がよければ、境内の「亀の池」で甲羅干しをする亀の姿を見られることも。
●京都府京丹後市峰山町泉1165・2
TEL.0772・62・0225
授与所開設時間8時ごろ〜18時ごろ
『クロワッサン』1084号より