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【歌人・木下龍也の短歌組手】視覚から聴覚への巧みなずらし。

第41回全国短歌大会大会賞を受賞して以降、精力的に活動を続ける歌人・木下龍也さんが読者の短歌にコメントをする連載『短歌組手』。今回のお題に600首を超える応募が集まりました。ご応募ありがとうございました。応募作の中から木下さんが選んだ短歌を数回に分けて紹介していきます(短歌は新しいお題で引き続き募集中です)。
ストローハットの木下さん。
ストローハットの木下さん。

〈読者の短歌〉
終わらない梅雨だと思っているでしょうバスルームに住む蜘蛛の子どもは
(ヤスギマイ/女性/自由詠)

〈木下さんのコメント〉
「バスルーム」をお風呂場にするか迷いませんでした?音数としてはお風呂場なんですけど、お風呂場に蜘蛛って言われると梅雨のイメージに重なって邦画ホラー的なじめじめしたガチの蜘蛛って感じになるんで「バスルーム」で正解だったと思います。ていうか住まないでほしい。子どもであっても。絶対近くに親いるじゃん。全裸で虫と遭遇するの怖くないですか。服を着ているときよりも遥かに。

〈読者の短歌〉
思い出をペットのように連れ歩くからだも町に繋がれたまま
(アナコンダにひき/男性/テーマ「ペット」)

〈木下さんのコメント〉
町のペットは僕。そして、僕のペットは思い出。思い出というペットは思い出してもらうことそのものを養分とするから、ひとりで歩いているときなんかはふいにすり寄ってくる。振り払おうとすればするほどなついてくる。でも、ほんとうは僕が思い出のペットなのかもしれない。だって、僕たちは思い出からよろこびやかなしみという餌をもらいながら、今日を生きているのだから。

〈読者の短歌〉
あなたはね、そんなんだからだめなんだ
こんなにさせたあなたが、わらう
(おしの海/女性/テーマ「私」)

〈木下さんのコメント〉
「そんなん」「こんなに」というぼかし方、想像の余地の取り方がうまいですね。「そんなん」「こんなに」がどういう状態なのか、実際のところはこの短歌に登場するふたりにしかわからないので、ふたりだけの閉じた(おそらく甘い)世界を演出することができます。そして、読者としてはだれかとの思い出を重ねて想像するしかないので、この短歌に自分を重ねて、ぐっと引き込まれてしまう。穂村弘さんの「こんなめにきみをあわせる人間は、ぼくのほかにはありはしないよ」という短歌にも「こんなめに」という部分にも同じことが言えると思います。

〈読者の短歌〉
ペットがいる人は賃料5000円アップ 死んだら下げるんですか?
「そういう賃貸物件に住むつもりはないですが。ペットがいる家だけ賃料増があるペット可物件に疑問を感じることもあり。じゃあ最初からペット不可にしたらいいじゃない?」
(亜にま/女性/テーマ「ペット」)

〈木下さんのコメント〉
こういう質問をされると、なんだか人間の汚い部分を指摘されたようでどきっとします。実際どうなんでしょう。下げるんですかね。僕は不動産会社で働いているのですが、賃貸の専門ではないので機会があったら担当部署にこの短歌と同じトーンで確認してみますね。おそらく喧嘩になるとは思いますが。

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