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少女漫画の歴史を生きる、伝説の漫画家・水野英子さん77歳。

あの「トキワ荘」の唯一の女性メンバーとして知られる漫画家・水野英子さん。つねに新しいものに挑戦したその漫画家人生について聞いた。
  • 撮影・小出和弘

「少女漫画で初」と言われるいろいろなものを自らの作品で描いた、まさに革新的先駆者だった水野さん。「星のたてごと」では、少女漫画で初めて恋愛をテーマにした。

「中断を余儀なくされた作品の続きを描きたいし、新作の構想もあります」と水野さん

「それまでの作品での男女の関係は、お姫様が王子様を見て『あら素敵』という感じのぼんやりとしたものだったのですが、『星のたてごと』で初めて男女の恋愛を描いたんです。ハリウッドのラブロマンスや、『サムソンとデリラ』『アイーダ』のようなスケールの大きなロマンスを描いてみたかったんです。小学生の時に読んだ、北欧神話『神々のたそがれ』の中の『神々には最後があり、世界は闇に包まれる』という文に衝撃を受けました。私は幼い頃から『世の中に絶対ということは何もない』と確信していたのですが、この文章に出合い、『神々にも最後がある』という思想に大変なショックを受けたわけです。そういう世界観を描きたいという気持ちもありました」

「白いトロイカ」という作品は、帝政ロシア時代を舞台に、オペラ歌手をめざすロシア人の少女のサクセスストーリーを描いたもの。少女漫画に外国の史実を取り入れたのは初めてであり、主人公の豪華な衣装などが少女の憧れのまとになった。

『ファイヤー!』主人公アロンのモデルは「ウォーカー・ブラザーズ」のスコ ット・ウォーカー。少女漫画の枠を飛び出した異色作。
『白いトロイカ』主人公のドレスや帽子、マフなどのロマンチックなファ ッションが当時の少女たちの憧れになった作品。

最高傑作となる「ファイヤー!」ではロックのメッセージを伝えた。

 音楽が好きだった水野さんは、「神神のたそがれ」をテーマにした『ニーベルングの指環』を聴いて衝撃を受け、熱烈なワグネリアンになった。やがて、ロックに出合う。

「当時はビートルズが人気でしたが私には彼らの音楽は単純で物足りなかった。その後出てきたピンク・フロイドなど『プログレッシブロック』は音が複雑で私の好みだったんです。そこで一気にロックにハマりました」

 ’70年代のロックはその音楽性だけでは語れない。ベトナム戦争で湧き起こった反戦運動、人種差別に反対する公民権運動、東洋思想への憧れ、ヒッピームーヴメントなどは当時の若者に大きな影響を与えた。水野さんの最高傑作と言われる作品「ファイヤー!」は、そんな流れの中で生まれる。この作品の主人公は男性のロックミュージシャン、アロン。少女漫画で初の男性主人公の誕生である。

「この作品は厳密に言えば少女漫画ではないと思います。そもそも私は少女漫画を描きたくて漫画家になったわけではないんです。文学や映画に匹敵する、スケールの大きなストーリーを漫画にしたかっただけ。描ける場所が少女雑誌だった、というだけなんです」と語る。

’69年から『週刊セブンティーン』に連載された「ファイヤー!」執筆当時の水野さん。

「あの作品で男性の裸を描いたのは『虚飾を脱ぎ捨て生まれたままの、あるべき姿に戻ろう』という、ロックのメッセージでした。でも、私があの作品で初めて裸やベッドシーンを描いたことで、のちにレディースコミックでポルノ的な作品がどっと出てきたようです。これは想定外でした」と笑う。

 漫画家として最盛期を迎えた時、水野さんの人生に大きな出来事が起こる。未婚で子どもを授かり、シングルマザーになったのだ。

子どもを産んだことは、「人生で初めて人間らしい出来事」。

「15歳でデビューして以来、ずっと休むことなく漫画を描いていました。だから妊娠がわかった時に感じたのは、ついに初めて私にも人間らしいことが訪れたという喜びです。しかし当時の状況は厳しいものでした。育児をしながら仕事を続けましたが、受けられる仕事は短期のものか読み切りだけ。10数年後、子どもから手が離れた時には漫画家としての居場所はすでにありませんでした」 

 しかし、この時の選択を一度も後悔したことはない。水野さんは少女漫画や自身の作品についてこう語る。

「ラブを口にできない風潮があったり、漫画は低俗な悪書と言われました。その時代に、漫画で女の子たちの意識を変えていったという自負があります。私の作品が、のちの少女漫画家に少なからず影響を与えたと言っていただくのはありがたいです。近年、私が見てきた漫画の現場での出来事を書き残すことの大切さに気づき、『トキワ荘日記』を描きました。これからもライフワークとして、日本の漫画の黎明期や、初期の少女漫画とその描き手たちについても書き残したいと思っています。日本の漫画文化を作り上げてきたのは私たちの世代なのですから」

 海外からも注目される日本のサブカルチャーのひとつに成長した少女漫画。その歴史に立ち会った水野さんの考察がひとつの形になることをぜひ期待したい。

『クロワッサン』931号より

●水野英子さん 漫画家/1939年生まれ。雑誌『少女クラブ』で15歳の時にデビュー。代表作は「星のたてごと」「白いトロイカ」「ファイヤー!」等。2 010年、長年の功績が認められ、第39回日本漫画家協会賞「文部科学大臣賞」を受賞。

前編はこちら。

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