『NHKラジオ深夜便 絶望名言』著者、頭木弘樹さんインタビュー。 「誰かの苦悩に救われる、という時もあります」
撮影・黒川ひろみ
眠れない夜を経験したことがある人は多いはず。深すぎる悩みを抱えていたり、家族の看病をしていたり、またこの本の著者・頭木弘樹さんのように自らの病で入院生活を送っていたり。それぞれがそれぞれの事情でひっそり夜の底にいるとき、NHKラジオの『ラジオ深夜便』は穏やかな声で寄り添う。この本は同番組の大人気のコーナーを書籍化したものだ。
〈失恋したときには、失恋ソングを聴きたくならないでしょうか? それと同じで、絶望したときには、絶望の言葉のほうが、心に沁みることがあると思うんです〉
カフカ、ドストエフスキー、太宰治。古今東西の文豪が、絶望に行き当たったときに綴った言葉。それらを「絶望名言」として紹介し、生きるヒントを探す。
「僕が突然難病にかかり、入院したのは大学3年生、20歳の時でした。それまで僕はどちらかというとマッチョで、本などほとんど読まないタイプで」
しかし担当医の言葉に耳を疑った
「『もう就職も進学もできない、親に一生生活を見てもらうしかない』と言うんです。びっくりですよ。そのとき、あー、これってカフカの『変身』みたいだな、って」
〈ある朝、目が覚めたらベッドの中で虫になっていた〉という書き出しで有名な作品だ。
『変身』は自分にとって 身に迫るドキュメンタリー。
改めて『変身』を読み返して驚いた。
「ベッドで動けない身には、この小説はドキュメンタリーなんです。家族の対応がだんだん冷淡になっていく感じもすごくリアルで」
さらにカフカの本を読み込むうちに、こんなフレーズに出合う。
〈僕は人生に必要な能力を、なにひとつ備えておらず、ただ人間的な弱みしか持っていない。無能、あらゆる点で、しかも完璧に〉
「まさに当時の僕はその状態。この言葉が大変救いになりました」
長期の入院で読書の興味がドストエフスキーに移った頃、『カラマーゾフの兄弟』に同室の熟年男性たちが興味を示すようになった。
「入院してくるおじさんたちは皆、最初は新聞をくまなく読むんです。まだ自分が社会の一員だと思っているから。でもつらくなってやめる。雑誌もニュースも見なくなる」
頭木さんは言う。「苦悩しているときには、ドストエフスキーのくどくどした文体が、心地よいと言ってもいいほどぴったりなんです」
果たして『カラマーゾフの兄弟』は病室で大流行となった。このときの体験が、現在の文学紹介者としての活動の原点だ。
古典文学はだいたい暗い。けれども時代のフィルターを経て残ってきた古典文学作品は、つらいときに心に響くものばかり、と頭木さん。
自分の活動が、今は距離が遠くなってしまっている読者と文学とをつなぐ飛び石になれば、と。
「絶望して倒れたときに、倒れたまま手を伸ばした先に本があって、それで救われることがあったら、とてもいいんじゃないかって」
『クロワッサン』998号より
広告