笑って楽しむ先に見える女性の生き方像。映画『ニューヨーク最高の訳あり物件』
文・永 千絵
マルガレーテ・フォン・トロッタ監督といえば、革命家ローザ・ルクセンブルクや哲学者ハンナ・アーレント、抗いがたい時代や社会の空気と向き合う女たちを主人公に据えた作品がすぐに思い浮かぶ。そんなトロッタ監督の最新作のタイトルが『ニューヨーク 最高の訳あり物件』とは、なんとも意外! だって、なんだか面白そうじゃないか……!?
ニューヨークの“超”高級マンションに暮らす、元モデルでデザイナーのジェイドは、初のコレクションを目前に夫ニックから離婚を切り出される。怒りに燃えるジェイドのもとに、突如現れたのはニックの前妻マリア。マリアは離婚時の契約を盾に、権利の半分を主張し、マンションに居座ってしまう。
趣味も性格も正反対の人間ふたりが一つ屋根の下に同居するだけで物語がひとつ成立するのに、ニックという男性をめぐって因縁浅からぬふたり(ジェイドはかつてニックをマリアから強奪!)が同居するのだから、他人ゴトとして眺める分には、これが面白くないはずがない。
それでもやっぱり、そこはトロッタ監督、ただ笑って楽しめる三角関係のラブ・コメディには終わらない。虐殺された女性革命家、非難を浴びながらも自らを貫きとおした女性思想家の人生を描いてきた監督は、NYの高級物件をめぐっていがみ合うマリアとジェイドをも、歴史に名を残した女性たちと変わらない目線で見ているように思う。マリアとジェイドの諍いのモトはなにか、一歩離れて見ているわたしたちには、よくわかる。“ニックのことは忘れて!”という原題がすべてを物語っているし、これをかつて巨大な壁にその道を塞がれた(そして今も塞がれている)女性たちにつながる物語、と読んではつまらないだろうか。思わぬ形で現れる突破口がマリアの娘アントニアで、彼女の存在も、この映画をただのコメディにはしない。
でも堅苦しく構える必要はない。結婚、仕事、家事育児についての身につまされるセリフも満載だが、それもしっかり笑ってしまおう!
『ニューヨーク最高の訳あり物件』
監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ 脚本:パム・カッツ 出演:イングリッド・ボルゾ・ベルダル、カッチャ・リーマン、ハルク・ビルギナーほか 6月29日より東京・シネスイッチ銀座ほか全国順次公開。
https://gaga.ne.jp/NYwakeari/
永 千絵
(えい・ちえ)1959年、東京生まれ。映画エッセイスト。現在、VISAカード情報誌の映画欄にて連載を受け持つ。
『クロワッサン』999号より
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