くらし

現代の聖人の目に映る“自由な暮らし“とは?映画『幸福なラザロ』

  • 文・永 千絵
村いちばんの働き者、ラザロは常に生成りの半袖シャツ姿で仕事に励む。

映画を観るとき、本当は、なんの予備知識もなしにスクリーンに向き合いたい。『幸福なラザロ』は紹介するのが難しい映画だ。あえて、なにも知らずに観始める、是非、そんな観方を試したい作品なのだけれど、そうもいかない、か。

タバコ栽培を生業とする集落にラザロという青年がいる。親族と思われる周囲の人々からは頼りにされているが、頼られているというよりも、使い勝手のいい青年と思われているフシがあって、その使われ方は見ていて気の毒になるくらい。それでもラザロはイヤな顔ひとつせず「あれやって」「これやって」の要求を当然のようにこなしていく。

侯爵夫人の息子、タンクレディ(手前)とラザロはいつしか強い絆で結ばれる。

この集落の人々は、実は外界を知るすべを持たない小作農だった。小作制度がとうの昔に廃止になったのに、そのことも知らず、ある偶然によって、彼らは突然、小作農の立場から解放される。“自由”になり、町に移り住んだ彼らは、しかしそこで生活する手段を持たない。

村を支配する領主、デ ・ルーナ侯爵夫人。

いったい、なんの話だろう、と思われるかもしれない。しかも主人公のはずのラザロは物語の途中で、いったん、その姿を消してしまう。聖書のなかでは“ラザロ”はキリストの奇跡によって死後4日めに蘇える聖人らしい。この映画のラザロも再び姿を現すのだけれど、それは共に暮らしていた仲間たちがむしろ小作農の時代より貧しい生活を送る、薄汚れた町の片隅である。

「汚れなき村」と呼ばれる土地 で、タバコ農園や畑を耕しながら暮らす村人たち。

ラザロの目は吸いこまれるように美しく、表情は穏やか。皮肉と矛盾に満ちた世界で、ラザロの迷いのないまっすぐさには胸が痛くなる。

感情を身体の奥深くから揺さぶられる、なんとも哀しい物語なのに、何度でも観直して、映し出される光景や言葉の意味を考えたくなる、傑作としか言いようがない映画だ。

『幸福なラザロ』
監督、脚本:アリーチェ・ロルヴァケル 出演:アドリアーノ・タルディオーロ、アニェーゼ・グラツィアーニ、アルバ・ロルヴァケルほか 4月19日より、東京・Bunka
mura ル・シネマほか全国順次公開。http://lazzaro.jp

永 千絵(えい・ちえ)●1959年、東京生まれ。映画エッセイスト。現在、VISA情報誌の映画欄、朝日新聞等に連載を持つ。

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『クロワッサン』995号より

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