文芸誌に掲載された「陽光」はすぐに地元の日本近代史家・渡辺京二氏の目にとまった。そして、
「祖父母の思い出だけで小説を終えるのではなく、島の高齢者の方を回ってお話を聞かせてもらい、それを聞き書きして集めてみなさい、と勧められたのです」
医師の仕事のない週末にインタビューを始めたはいいが、もちろんそれが本になるということはその時点で決まっていない。それでも長く島に住んだ人々は快く引き受けてくれる。戦後、台湾から引き上げてきた老女の書道にまつわる大切な思い出、フィリピンからやってきた女性の淡い恋の記憶、厳しい軍人の父を持つ少女の、強く美しく生きる様……。
「当初は何人かに話を聞かせてもらったら、その何割かの面白いところだけをすくって、と考えていましたが、途中からすっかり気持ちが変わりました。これは取捨選択する類いのものではないと」
精神科医という職業柄、いつもならまずその人の生活のアウトラインを掴もうとするのが常だけれど、自分を語り始める島の人々は、ある種、偏った記憶のところからいきなり語りだす。
「それに引き込まれてしまいました。彼らがしているのは、自分の一生をどういう記憶で紡ぐかということであり、それこそが、その人の人生の核であり、鍵ではないかと思ったのです」
〈話を聞くということ。それはつまるところ、共鳴ではないか〉
ペンとレコーダーを片手に、松嶋さんは人に会い続けた。
「1年くらいかけて15人にお話を聞きましたが、最終的にはフィクションの体裁をとりながらも、すべての話を一冊にまとめられたことが何よりもうれしかった」
3世代、4世代前にまで遡る人々の追想、そこにある変わらぬ自然。そのコントラストがどこかもの悲しく、美しい。