くらし

【紫原明子のお悩み相談】妻と昔に戻りたい。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。今回は、妻に離婚を切り出されたのち、気持ちが混乱してしまっている夫からのお悩みが寄せられました。

<お悩み>
現在学生時代から付き合っている妻と結婚5年目です。 20歳の時に付き合い、25歳で結婚しました。現在二人とも30歳です。子どもはまだいません。

私は公務員で妻は事務職の契約社員です。20歳の時からほぼ同棲状態で、妻が23歳のとき前職の都合で転勤を繰り返していたときを除けば、ずっと二人で暮らしています。多少のケンカはしつつも二人で助け合い、幸せな日々を過ごしていました。

しかし、昨年私は仕事が激務となりストレスが溜まり、妻に気付かないうちに辛くあたっていたようで、妻に「今の状態が続くなら離婚しよう。あなたも何か現状を変える行動を取って。」と言われてしまいました。

私はそれがショックで、同じ部署に最寄り駅が一緒の後輩女子がいて、その子にずっと悩みを聞いてもらっていたら、いつの間にか好きになってしまいました。特に肉体関係とかはないのですが、残業終わりに最寄り駅で二人で呑みに行ったりはしていました。そしてその子に彼氏が出来たと聞かされたとき、ものすごいショックで食事も食べれなくなってしまいました。

妻も私の異変に気付いていたようで、後輩の女子の存在が私のなかで特別だと言うことも気付いていたようです。 それからというもの、私は妻を裏切った罪悪感と後輩女子への好意で頭が一杯になり、憔悴しきってしまいました。

私は恋愛の経験が少なく、ちゃんとお付き合いをしたことがあるのは妻だけです。なので、この気持ちの処理方法がわからないし、妻を傷付けてしまった自分をいまだに「好きだ」と言ってくれる、妻に申し訳ない気持ちで一杯です。妻の「好きだ」が本心なのか疑ってしまってもいます。

しかも、自分は未だに後輩女子が好きです(以前よりは気持ちは落ち着きましたが。)。 もっとしっかりしなくては、妻にとってもっと魅力的になって喜んで貰おうと努力しているつもりですが、気持ちがぐちゃぐちゃで色々なものが頭のなかで絡みあってしまい疲れてしまいました。

私は妻と楽しい生活をしていたころに戻りたいと思っているのですが、何かいいアドバイスはありますでしょうか? (相談者:デニス /男性、公務員30歳、結婚5年目、子どもはまだいません。)

紫原明子さんの回答

デニスさん、こんにちは。
奥さんと元の関係に戻りたいと思っていらっしゃるんですね。しかし未だに後輩女子が好き、気持ちがぐしゃぐしゃになってしまった、と。

そしたら、少し整理したほうがいいかもしれませんね。
まず、後輩女性について。デニスさんはあまり恋愛の経験が少ないということですが、恋愛ってどうも、経験が少ないときの方が圧倒的に苦しく、だからこそ楽しい、という側面があるようなんです。というのも、そもそも恋というのは、言ってみれば、種類の違うさまざまな欲望が集まって一斉に強い衝動を駆り立てる現象、みたいなものです。だから、経験の少ないうちは、自分の中にみなぎるわけのわからない強い力に戸惑ったり、振り回されたりして、大変です。
けれども回を重ねるうちに、……つまり何かしら痛い目に遭って恋が終わるたびに、もう二度と痛い目に遭いたくないという思いから、なんであんな恋をしたんだろう? と我が身を振り返るようになり、そこで少しずつ、恋の衝動の因数分解をするようになります。あの衝動はよく考えると性欲だったな、とか、執着だったな、とか、相手を支配したかったんだな、とか。

因数分解が進むと、最初ほど恋で痛い目に遭うようなことも少なくなくなるのと引き換えに、恋そのものに付随する感動も小さくなります。中身のわからないプレゼントをもらって、この箱の中にはきっとすごいものが入っているんだろうなってワクワクしているときと、ついにその箱を開けてしまって、中身を確認してしまった後の気持ちとを想像してみてください。
デニスさんはつまり、恋に関して、まだ中身のわからない箱を持っていらっしゃるのでしょう。

そしてそれ自体は決して悪いことではないのです。が、いかんせんご結婚されていて、奥さんと昔のように楽しくやっていきたいと願われるのならば、やはり今は、後輩女子への「好き」をできる限り因数分解して、彼女への衝動の正体と出どころとを、極力具体的に“把握した”という気持ちになること(たとえそれが間違っていてもそういう気持ちになること)が、わけのわからない「好き」という衝動を多少なりとも落ち着かせてくれるのではないでしょうか。

デニスさんは当初、自分では思いもよらなかった奥さんからの不満を突きつけられ、ショックを受けていたんですよね。そこで後輩女子にそのことを相談した。後輩女子は、上手に話を聞いてくれたのでしょう。彼女と話をする中で、デニスさんの中に埋もれていた言葉が次々と引き出され、奥さんとの関係で傷ついていた自尊心を立て直すことができたのかもしれません。彼女は自分に強い力を与えてくれる、自分を特別に受け入れてくれる、というような気持ちが芽生えたのかもしれません。

デニスさんにとって彼女との時間は、課題を抱えた奥さんとの日常をほんのひととき忘れさせてくれ、だから余計に美しいものに見えたのではないでしょうか。自分が奥さんを知らず知らずのうちに傷つけていたという事実も、奥さんが知らず知らずのうちに離婚を考えるほど自分に不満を溜めていたというショックも、その関係修復を考える難しさも、“後輩女子が好きだ”というハッピーな感情に一時的にかき消され、ないものになったのではないでしょうか。

であるとすれば、もしかしたらデニスさんは無意識に後輩女子への恋心を、現実の問題から逃げるために“利用していた”という側面があるのではないでしょうか。そしてもっといえば、今なおデニスさんは、失恋という自らの心の傷を盾にして、奥さんとの関係という目の前の課題を直視することから、逃げようとされてはいないでしょうか。

デニスさんからいただいたお手紙を拝見し、デニスさんが不器用なほどに心の優しい方でいらっしゃることはとてもよく伝わってきました。一方で、もっとしっかりしなくては、とご自分でも書いていらっしゃるとおり、その優しさに釣り合うほどの強さは、あまり足りていないのかな、という風にも感じます。

何しろ、最初に離婚を考えるほど不満を持っていたのは奥さんですよね。ところがその問題はおそらく解決されないまま、今やデニスさんの心の問題がフォーカスされており、後輩女子に恋してしまったこともなぜか奥さんに伝わっていて、それでも「好き」と言ってくれる奥さんの気持ちを、あろうことか今、デニスさんが疑っている。冷静に考えると、これはちょっとずるいですよね。

デニスさん。奥さんと楽しい頃に戻りたいと思うのならば、まずは受け身をやめましょう。奥さんの気持ちがどうかは一切無視して、まずはデニスさんから奥さんを愛しましょう。毎日、奥さんを穴が開くほど観察して、綺麗だな、素敵だなと思うところを一つでも多く見つけましょう。できればそれらを一つ一つ口に出しましょう。愛おしさが心の中から湧き上がってきたら、好きだよ、愛してるよ、と素直に言いましょう。

人間関係ってどうしてもパワーゲームなので、デニスさんが奥さんを愛して、大事にすることが常態化してくると、もしかしたら今度は奥さんが、デニスさんを拒絶するような素振りを見せたり、「ほんとは後輩の方が好きなくせに」って言ってきたりするかもしれません。でも、それだって関係修復に必要な過渡期だと思って、揺るぎない気持ちで奥さんを愛し続けましょう。

大人になること、強くなることって、他者の言動で傷つきにくくなるのと同時に、期せずして他人を傷つけた罪を自分で背負えるようになることじゃないかと私は思います。デニスさんは、後輩女子の件でたしかに奥さんを傷つけてしまったかもしれません。でも、本当に奥さんに悪いことをしたと思うのなら、自分の罪悪感に押しつぶされている場合ではありません。そもそも私達は生きている限り、日々大なり小なり誰かを傷つけているのです。普段はそれに気が付かないだけです。そして夫婦や家族のように近い関係ならなおのこと、これからもたくさん、深く、傷つけ合うのです。自分が他人を、家族を傷つけるという人間だという事実から逃げずに、受け入れましょう。

もしかすると、これまでのデニスさんご夫婦の関係においても、デニスさんの強さの不足を奥さんがカバーし、奥さんから与える、あるいは許す、という形で、関係が成立していたということはないでしょうか。もしそうであれば、そしてそのままの状態が続けば、奥さんは遅かれ早かれ、デニスさんのお母さんになってしまいます。

デニスさん、強くなりましょう。
夫婦の愛は、ひとえに意志の力によるものです。強い意志で、デニスさんから奥さんを愛してください。

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イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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