くらし

『九代目團十郎』著者、渡辺 保さんインタビュー。稀代の名優“九代目”から学ぶこと。

わたなべ・たもつ●1936年、東京生まれ。演劇評論家。東宝演劇部を経て『歌舞伎に女優を』で評論家デビュー。『女形の運命』で芸術選奨文部大臣新人賞受賞。『二人の名優』『戦後歌舞伎の精神史』など著書多数。平成28年度日本芸術院賞・恩賜賞受賞。

撮影・黒川ひろみ

歌舞伎の世界で単に“九代目”といえば、この市川團十郎を指すという。江戸から明治にかけての激動の時代に活躍した名優だ。

「みんな知っているようで知らないのが、九代目團十郎。僕らが学生の頃は、じかに観てきた人たち、いわゆる團菊爺(だんぎくじじい)ってのが生きてて、九代目を知らないと歌舞伎なんてわからないよとよく言っていた」

九代目ってどんな奴なんだと学生の頃から不思議に思っていたと、渡辺保さんは語る。いつかはその実態を分析して、学ぶべきところは学びたい、その気持ちが結実したのが本書である。手法は、残されていた当時の新聞を丹念にあたり、劇評を読み込んで九代目團十郎像を形作っていくというもの。

「残された記録の中でも、雑誌や本ではなく、当時の新聞の劇評を調べたらどうかと。みんな本当のことを書いているからね。九代目でも、晩年にやった『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の仁木弾正なんて誰も認めないんだからね、よぼよぼしてるって。それ以外の記録を読むと晩年もすごかったとなる。伝説とは明らかに落差があるということ」

その新聞の劇評の資料は、段ボールに2箱にもなった。劇評を読み込んでいくのはさもないことでも、それらを傍証で固めていくのが大変な作業だったのだそうだ。

「ひとつの演目の劇評を雑誌や評判記などと照合していく。そうして立体的にするのが大変でした。他の人と違って、團十郎は実態がわからない。たとえば、五代目菊五郎なら細かいしぐさで演って、大衆にわかりやすい芝居をする。けれど、九代目は肚芸を得意にしていて無言の思い入れみたいなところで芝居をつないでいく。それを、資料を使いながら、読むとイメージできるようにするのが難しかった。でも楽しかったですよ」

そうして浮かび上がってきた九代目團十郎から、何を学ぶことができるのだろうか?

「ひとつは、その人間になりきって舞台に出てくること。たとえば坪内逍遥が学生寮へ入っていたときに九代目の『地震加藤』を観て陶酔し、自分も声色を使ってたら夜本当に地震が起きたという話があって。そんなふうに、観た人を魅了する、本当の加藤清正が出てきたという感じが九代目にはある。歴史そのものが生きて出てくるような迫力っていうのは、名優でなきゃできないんだよね」

自分たちが生きている現代は近代を土台にしてできている。近代の人が何をやったのかということを知らないと現代も成立しない。だからこそ、今、観客にも役者にも九代目を知ってほしいという。

演劇出版社 2,700円

『クロワッサン』979号より

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