小さな自然を一から育てる、種木屋という暮らし。「種木屋 塩津植物研究所」を訪ねて。
撮影・青木和義
「仕事と暮らしは地続きです」、そう口を揃えるふたり。朝は7時に起きて母屋とアトリエの窓を開け放つ。「それからほうきでホコリを掃き出して。でも掃除というより、空気を入れ替えることのほうが大切。植物って空気の流れが滞ると育ちにくいんですよ」と丈洋さん。敷地に出ると左右にわかれ、植物に水をやっていく。今の季節なら1日に1回たっぷりと。植え替え、芽摘みと作業をこなし、お日様が頭上にきたら昼食の用意をする。今日の献立は、アスパラの塩麹和え、茄子の揚げ浸し、新ジャガの梅和え、わけぎとじゃこの卵焼き、フキと筍の炊き込みごはん。敷地に自生するフキや畑で育てた野菜が中心の、“お風呂でレシピ本を熟読するのが趣味”だという久実子さんの手料理だ。一方では丈洋さんがてきぱきと皿を並べお茶をいれる。そのあたりまえの呼吸が気持ちいい。
母屋のあちこちにさりげなく植物の居場所がある。食卓の奥にはヒノキの盆栽。コウモリランは玄関脇の天井から吊り下がり、柱にかかった小さな花瓶にはカラスノエンドウ。台所の壁際には、東大寺の修二会(しゅにえ)でもらってきた杉の燃えさし。久実子さんが言う。
「カラスノエンドウは雑草と言われるけど、こうして飾ると一日うれしいし、杉の燃えさしは火の守りをしてくれる。植物は生活をいろいろに楽しませてくれてありがたいなあと思います」
そしてこの5月、ふたりは東京での個展を予定している。陶芸家の鈴木稔さんの鉢とのコラボレーションで、塩津植物研究所としての盆栽を提案する。
「型にはまらない鉢に自信作の植物を植えてドン、とお見せする。こんな盆栽もあるんだよ、と」(丈洋さん)
「いろんな人に植物の良さを知ってもらう機会になればと、年に一度の展示会も私たちの大切な活動です」と久実子さん。ふたりが東京にいた頃、強く感じていたのは、植物に癒やしを求めている人が多いということだった。
「仕事で忙しいのに教室に通ってくれる人がいて。最初は作った鉢を世話するのは手間がかかって失敗と思ったそうですが、毎日10分だけ早起きして水をあげることにした。そしたら珈琲を1杯飲む時間がもてるようになって、生活のリズムが変わったそうです」
植物の力を感じさせられた出来事だったと丈洋さんも言う。
「衣食住のなかに植物は入っていませんが、食卓に小さな鉢に入った樹木がひとつあるだけで暮らしは豊かになります。ふっと心にゆとりが生まれる。忙しく過ごす僕たちの暮らしに、今いちばん必要なものなのかもしれません」
種木屋 塩津植物研究所●奈良県橿原市十市町993-1 TEL:0744-48-0845 定休日:木曜
著書に『身近に植物のある暮らし』。
『クロワッサン』974号より
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