『テーラー伊三郎』著者、川瀬七緒さんインタビュー。洋服をデザインする時も歴史を調べてから。
撮影・千田彩子
「僕の人生は、この先ずっとろくでもないに違いない」――。
本書は不穏な独白から始まる。主人公は福島県のある町に住む男子高校生・海色(アクアマリン)。父親はいないし、母親は官能漫画家だ。小柄で自分に自信もない。そんな彼が夢中になるのは、さびれた商店街に突如として現れたコルセット「コール・バレネ」。こんな美しい女性の下着がなぜ古い紳士服店のショーウインドーに飾られているのか?
「地方に住んでいて、海色なんていうキラキラネームをつけられて、貧しくて、という八方ふさがりの状態だったら、大人になってこの先何をしてもたいしたことにはならない、という見切りを早くからつけると思います。でも、若い人にそれをなんとか打破してほしい、という思いをこめて書きました」
と、川瀬七緒さん。
現在、出身地である福島県白河市の観光大使も務めていて、町おこしについて真剣に考えている。
「町おこしの理想的な答えはなかなか見つからないなと思います。ゆるキャラとか、なんとかフェスティバルとか、全国どこも同じようなことをやっている。地方に住む人たちはどうすれば町を活性化できるのか一生懸命考えているのですが、役所の枠を超える何かをやろう、という人たちがいないと今後どうにもならないと思います」
本書では、見事なコルセットを仕立てた頑固な仕立て職人・伊三郎をはじめ、掘り起こしてみれば、高齢者の中にもさまざまな技術を持つ「達人」がいることがわかり、海色は彼らを巻き込みながら、町全体に新しい風をもたらそうと奮闘する。若いエネルギーと個性際立つ老人たちのぶつかり合う様が実に痛快に描かれる。そして随所に現れる服飾の歴史やファッションの裏側の話は、アパレル業界に長くいた川瀬さんならでは。
「この小説のテーマとして取り上げたコルセットは、服飾の歴史の中でおそらくいちばん古いものです。1500年代のルネサンス期から1900年代まで、女性に欠かせなかった。もともとは貴族階級が自分の富を誇示するために、妻のウエストをコルセットで過剰に絞って、とんでもないドレスを着せていました。男尊女卑や女性の解放とリンクしている重要なアイテムなんです」
本書ではそんなコルセットを現代日本でどんなふうに着こなすとカッコイイのか、町の人々がいろいろと試す楽しい場面も。
何歳になっても装うことは自由に、生きることだってもっと自由であっていいと思えてくる。
KADOKAWA 1,500円
『クロワッサン』968号より
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