『男と女の台所』大平一枝さん|本を読んで、会いたくなって。
台所は実に雄弁。人生が見えてきます。
撮影・森山祐子
図鑑のように50軒分の台所を並べた前著『東京の台所』から2年、台所取材をとおしてさまざまな愛の形を伝えるのがこの『男と女の台所』だ。朝日新聞のウェブマガジン「&W」の人気コンテンツの書籍第2弾として19の台所を紹介しているのだが、普通の台所ひとつひとつに、こんなにもストーリーが詰まっているのかと驚いてしまう。それはまるで、ドラマや映画に匹敵するほど。
「一般の人の台所をいっぱい見たい、という思いでこの連載を始めました。私ひとりでカメラとノートパソコンを担いでお邪魔して、ありのままの台所を撮らせてもらってからじっくりとお話を聞くというスタイルです。取材相手はあくまで無名の、市井の人。彼らの取り繕わない本質が書けたらいいなと思っています」
訪ねた軒数はすでに150を超え、新聞社のホームページを通じて「取材してほしい」という依頼を受けることも増えてきた。
「人生に行き詰まったときに、第三者である私に話を聞いてほしい、という気持ちで応募する方が多いですね。例えば離婚した、親や配偶者を亡くした、などなど。あるいは料理道具がとても好きでコレクションを見てほしいとか、または日々仕事に追われている自分の生活を誰かに眺めてほしいなど、“人生に句読点を打ちたい”という思いを感じます」
取材者という域を越え、カウンセラー的な存在になっている様子。
「特にこの本に載せた話は夫婦や恋人、レズビアンカップル、親子……といういろいろな方の愛のストーリーで、深い話ばかりになりましたね。初対面では言えないこともあるから何回か通ったり、取材後もメールのやりとりを重ねたり。話をしながら泣き出す人もいますし、みなさんの人生にだいぶ踏み込ませていただきました」
取材を続けてわかったのは、台所は実に雄弁で、住んでいる人を表現する場所だということ。
「台所を見せてもらうと、料理についての考えから家族関係、どんな環境で育ってきたのかなど、多くのことが浮き彫りになるんです。どんなに幸せそうに見える台所にもほんの少しの哀しみや影が見え隠れする。この本で、人についてとことん掘り下げて書く面白さを味わえました」
台所について読んでいるようで結局、人の人生に触れる一冊。読んだ後には、自分の台所で、きちんと料理をしたくなる。毎日の料理に飽きてきたという人、必読。
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