『遙かな都』池澤夏樹 著──幻影の都市、二千数百年の文化史を遊歩する
文・松嶋 圭
本書は作家の池澤夏樹がこれまでに記したアレクサンドリアに関する散文を一冊にまとめた集成である。アレクサンドリアは紀元前3世紀、アフリカの地中海岸に造営された最古の都。二千数百年にわたって、支配する民族を次々に変えながら繁栄した。
著者が魅了されているのは革命後の近代化で様変わりしたアレクサンドリアではなく、文学の中にしか残らなかったそれ以前の姿。「華麗で壮大な、言葉だけで築かれた大厦高楼の集合」である。
第1部はアレクサンドリアの歴史と文化を紡ぐエッセイ。1983年に雑誌で連載されていた断章が通読できる形で初めて書籍化された。『スティル・ライフ』前夜の著者の筆致は、息をのむほど才気あふれている。叙述でありながら臨場感もあって、読み手を古代の彼の地にいざなう。我々は二千年前の街角に立ち、物売りの声や車軸のきしみを間近で聞く。巻いた絨毯にかくれて王宮に忍び込むクレオパトラを、太陽の門から入城する将軍アムルを目撃する。
第2部はこの都市にまつわる書物の評論集。取り扱われるのは中川道夫の写真集『アレクサンドリアの風』やロレンス・ダレルの小説『アレクサンドリア四重奏』など。ちなみに中川の写真は本書の表紙を飾ってもいる。著者は写真の中に、支配層から見たアレクサンドリアではなく、常に歴史の外に追いやられてきたエジプト人にとっての都市を感受する。
アレクサンドリア文学といえばギリシャ詩人カヴァフィスの詩、英国人作家E・M・フォースターの『ファロスとファリロン』、ダレルの『アレクサンドリア四重奏』の3つであるらしい。いずれも名著ながらエドワード・サイードのいうオリエンタリズムを免れえない部分がある。著者の場合は違っている。ある意味オリエントの、1945年の日本、北海道に生まれて東京で育ち、ギリシャ、沖縄、フランスと移り住んできた著者は、その道筋のどこかで、前出の3人が持ちえなかった透明な眼差しを手に入れていたのではあるまいか。
『アレクサンドリア四重奏』では作品の価値が他の小説のように主人公の魅力や前衛的な手法によるのでなく、舞台となる都市そのものに由来していることを指摘する。核心をつく論評に思わず首肯した。
第3部は著者の翻訳による『ファロスとファリロン』。エッセイ、評論と読み進めてきた著者の筆跡でフォースターの物語にふれる。前2部とは違った声色の語りを耳にするかのような、新鮮な印象。映画の名場面集を思わせる数々のエピソードは、著者の筆使いによってくっきりとした映像にリマスターされているように感じられた。
文学とは古典的定義でいえば戯曲、詩、小説の3表現である。対して本書はエッセイ、評論、翻訳の3つで構成される。それぞれが文学の確たる一形態であることを、読後の実感が証明していた。
末尾に著者自身が文中に記した本書のプロファイルを引用する。
「これは教訓や経典を得るための苦行の旅でなく、旅の日々そのものを目的とする文化史の物見遊山なのである」。
『クロワッサン』1163号より
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