作る、使う、生まれ変わらせる「エコ・ソーイング」(2)──播州織デザイナー・玉木新雌さん ×インフルエンサー・金子敦子さん
撮影・黒川ひろみ 文・殿井悠子
玉木さん「暮らしや服が循環すれば、もっと楽しくなるんです」
金子さん「年齢を重ねるにつれ、体に無理がないことがすごく大事」
右:金子敦子(かねこ・あつこ)さん インフルエンサー。50代でブログを始め、SNS総フォロワー数4・9万人。著書に『金子敦子さんが愛用しているニッポンのイイモノ』(主婦と生活社)ほか多数
兵庫県西脇市を中心に200年以上の歴史をもつ播州織の伝統を現代に生かし、独自の世界観を紡ぐデザイナーの玉木新雌さん。そして50代からおしゃれを発信し、同世代女性のファッションインフルエンサーとして支持されている金子敦子さん。純国産のものづくり発信拠点として昨年オープンした「tamaki niime」の鎌倉店『okurimon』で、循環するものづくりについて語ります。
金子敦子さん(以下、金子) 今日つけている「tamaki niime」のショールは、私がよく通っている大阪・枚方市のセレクトショップ『ルポ・デ・ミディ』で去年の秋に購入しました。ふわふわで肌触りが気持ちよくて、どんな場面にも合わせられる。もうこんなに使い込んでいます。
玉木新雌さん(以下、玉木) ありがとうございます。うちのショールは糸から織り方、仕上げまで全部オリジナルで手がけています。ものづくりは、まず素材そのものを探ることから始まります。播州織の技術をベースにしながら、新しい風合いや色合いを生み出すことを常に考えているんです。
金子 なるほど。素材から考えられているんですね。私は基本的に、服選びでは「着心地」と「気分が明るくなるかどうか」を基準にしています。年齢を重ねるにつれて、自分の体に無理がないかどうか、それがすごく大事なんです。ショールを選ぶときのポイントは「色、艶、揺らぎ」。どこかに揺らぎがあると雰囲気がやわらぎ、優しく見える気がします。笑っていないと顔が怖く見えるってよく言われるので(笑)、なるべく明るい印象でいたい。だからきれいな色のショールを身につけると、自然と気持ちも上がって、いいなって思えます。
玉木 色や揺らぎは、外から見える印象を変えてくれますよね。私は作り手として着心地にすごくうるさいんです。少しでもチクッとしたり、首元が締めつけられたりすると、もうダメ。すぐに脱ぎたくなっちゃう。
金子 わかります、それ。この前、着心地いいスカートをはいて歩いたとき、一歩歩くたびにふわっとして「気持ちいい!」って思えて。1万歩歩くあいだずっと幸せを感じました(笑)。洋服ひとつでこんなに違うんだって実感しましたね。
玉木 まさにそういうこと。私の理想は「見た目は美しく戦闘服のようなのに、着心地はパジャマのようにリラックスできる服」。鎧のように気合を入れて着るのではなく、毎日安心して袖を通せる服がいい。一日中着るものだからこそ、ストレスではなく心地よさを届けたいと思っています。
日常に寄り添う色と布の力
金子 鎌倉のお店には初めて来ました。「tamaki niime」の服や小物って、同じものがひとつとないところがすごく好きです。店頭に並ぶ衣装はカラフルで、どれも表情が違う。まるで宝探しみたいに一期一会で出合える。色ってやっぱり元気をもらえますよね。カラフルって素敵だな、って心から思います。
玉木 ありがとうございます。“色の沼”は楽しくて抜けられなくなりますよ。そういう唯一無二の色や風合いが生まれるのは、私が播州織に出合ったことが大きいです。20代の頃はアパレルの仕事をしていましたが、そこで携わっていたのは、商品としての服づくりでした。けれど私が本当にやりたいのは、既製の生地を仕入れて形にすることではなく、糸を染め、織り、布そのものから表現を始めることだと気づいたんです。素材に自分の感覚を込めていくのがすごく楽しくて、布がエネルギーを持っていると感じました。そこから「tamaki niime」を立ち上げました。布は生活の一番近くにあるもの。だから装いに限らず日常のいろんな場面で自由に楽しんでもらえたらうれしい。たとえば、ショール一枚でも首に巻いたり、羽織ったり、テーブルクロス代わりにしたり。その人なりの楽しみ方があっていいと思います。
金子 本当にそうですね。私も旅行にはショールを必ず持っていきます。冷房が強いとき肩にかけたり、ホテルでブランケット代わりにしたり。日常に寄り添ってくれる布は、心強い存在です。
素材を知ることから循環するものづくりを考える
玉木 ものづくりを続けるなかで、常に意識しているのが、どう循環させるかということ。服は一度作ったら終わりではなく、その先に使う人の暮らしがあり、さらに残布や端糸の行方もある。だから、素材をどう活かすか、どこまで無駄を減らせるかを考え続けています。
金子 具体的には、どんな工夫をされているのですか?
玉木 私にとって服は、長く付き合えるものであってほしい。そのためには、素材を知ることがまず出発点。糸の太さや撚り方、染め方ひとつで風合いがまったく変わりますし、そこに無限の可能性があると感じています。余り糸を使ったり、端切れから小物を作ったり。端糸や残糸も捨てずに別の形に生まれ変わらせる。資源を無駄にしないこと以上に、“気持ちよく循環に関わること”が大切なんです。
金子 実は私、この前『余白』というブランドが配ったコットンの種を育ててみたんですよ。花が咲いて、実が割れてコットンボールが現れたときは感動しましたね。
玉木 それはすごい体験! 実際に育てると服の背景に触れられるし、装いの尊さが実感できますよね。
金子 はい。そのコットンは茶綿で手触りがふわふわ。毛足が短くて糸には難しいと聞きましたけど、服ってこうやって生まれるんだと改めて知ることができました。
玉木 毛足の長さや質で用途が変わる。だから、素材の声を聞くことが大事だと考えていて。私にとって服づくりは、素材と遊ぶ感覚に近い。
金子 循環って、資源を無駄にしないことだけじゃなくて、「作る」「使う」「別の形に生まれ変わらせる」という流れ全体を楽しむことなんですね。だからこそ、消費者の立場でも、どう使い続けられるかを意識するのが大事だと思います。私自身、長く着られるかや組み合わせを楽しめるかを、すごく大事にしています。若い頃のようにどんどん買うわけにいかないから、自然と選び方が変わりました。流行より暮らしに合うかどうか。その視点で選ぶと、結果的にサステイナブルになりますね。
玉木 続けるには根気がいるけれど、暮らしや服が循環すれば毎日がもっと楽しくなる。循環は難しいことではなく、日々の小さな積み重ねなんです。
日本のものづくりは、作り手と受け手が一緒に盛り上げていく
金子 昔は、日本のものづくりをほとんど知らなくて、安さや流行だけを見てファストファッションばかり買っていました。でも産地や職人さんの現場を知るようになって、服が誰かの技術や手仕事で成り立っていると気づきました。今では日本製は高いなんて、とても言えません(笑)。
玉木 私も若い頃はアパレルで「商品」を作ることに追われていました。けれど播州織の職人に出会い、糸を染めて織るという一見単純な行為のなかに、何百年も積み重ねられた知恵があることを知ったんです。その奥深さに魅了されて、西脇に移住しました。ものづくりの現場に身を置くことで、布の力や職人の想いをダイレクトに感じられます。
金子 どうやったら売れるか、どうやったら安くできるかを考えて作られた商品と、自分が「着たい!」と思って最高の技術で作られた服とでは、袖を通したときにもらえる力がまったく違います。後者にはエネルギーがあって、着る人の気持ちを明るくしてくれる。そういう服に出合えると、生きるパワーそのものになるんです。全国のものづくりの現場を訪ねるようになってから、服の中にいろんな人の顔が見えるようになってきました。実は私、今日はいているパンツは自分で作ったんです。ソーイングの本を出したのでミシンに挑戦してみようと思って。実際に作ってみたら、残布が想像以上に出て驚きました。
玉木 そうなんです。残布の扱いはずっと考えてきました。精密に美しく仕上げるのは日本の強みですが、完璧を求めすぎると逆に余りやゴミが増える。うちでは、裁縫でできた余り布を送料だけいただいて、欲しい人に「ハギレの玉手箱」として差し上げています。端切れも工夫次第でスヌードや小物になる。作ってもらう人や生地に触れられる機会を増やしたくて、捨てるくらいならもう配ろうって。自由に遊んでほしいんです。
金子 素敵ですね。玉木さんの話を聞くと、循環って難しいことじゃなくて楽しいことなんだなと思えます。
玉木 私の大きな目標のひとつは「ゴミ捨て場を空っぽにすること」です。ゴミは必ず出ますが、それを捨てて終わりにせず、再利用できないかを徹底的に考える。そう決めているからこそ、本当に必要かどうか、長く使えるかどうかを逆算できるんです。
金子 なるほど。作り手だけでなく、買う側もおおらかに受け止める心が必要ですね。多少の揺らぎや不均一さも味として楽しめれば、ものづくりはもっと循環するはず。今は誰もがSNSで発信できる時代だからこそ、消費者がいいと思ったものを紹介することが、生産者への応援になる。作り手と受け手が一緒に盛り上げていければ、日本のものづくりはもっと元気になると信じています。
玉木 その「応援」は、作り手として大きな励みになります。
年齢とともに変わる「おしゃれ」と「からだ」
金子 私がブログで発信を始めたのは50代になってからでした。若い頃は好きな服をただ着ていましたが、年齢とともに体形も変わり似合わない服も増え、今の自分に似合うものは何かと考えるようになったんです。最初は失敗も多かったけど、それを発信すると「同じ悩みがあります」「勇気をもらいました」といった声をいただけて。そこから“発信し続けること”の意味を感じました。私のブログやSNSを見て「年齢を理由におしゃれを諦めていたけれど、また楽しみたくなった」というメッセージをいただくと本当にうれしいです。
玉木 私にとって服づくりは、人と人をつなぐこと。布を通してその人自身が少し自由になれたり、心が軽くなったりする。そんな瞬間に立ち会えるのが一番の喜びです。素材に寄り添い、人に寄り添う。それが私の生き方そのものです。
金子 おしゃれは自分のためにするもの。そう思えるようになってから、装うことがもっと楽しくなりました。
玉木 そうですね。ファッションは自由。誰かと比べる必要はなく、自分にとって心地よいものを選ぶことが一番です。
金子 服は自分を自由にしてくれる。だから心地よい服を選ぶことが、毎日を自分らしくしてくれるんですね。
tamaki niime okurimon
2024年、紡績工程を内製化したタイミングでオープン。本社ラボ兼ショップがある西脇店に続く関東唯一の直営店で、ショールや服など、日常に寄り添う布の魅力を届けている。
https://www.niime.jp
Instagram: @tamakiniime_mura
@tamakiniime_okurimon
『クロワッサン』1152号より
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