『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』著者 岡ノ谷一夫さんインタビュー ──「動物のほうが好きだし、かわいいです」
撮影・安田光優 文・クロワッサン編集部
ジュウシマツのさえずりに文法があることや、ハダカデバネズミは鳴き声でヒエラルキーを確認していることなど、動物の“心”や感情についてユニークな研究をしている岡ノ谷一夫さん。この本は、自身の少年期から学生時代、そして研究者になるまでの道程をたどった青春のメモリーだ。
「どちらかというと人間嫌いで動物好きだった子どもが、どうやって生きていくのかも本当にわからなかったけれど、右往左往しているうちに動物心理学者になりました、という話です」
右往左往の言葉どおり、好きな研究を仕事にするのは一筋縄ではいかない。特に本書後半に出てくるポスドク(博士研究員/ポストドクター)時代の回想は、〈ポスドク恨み節〉〈ポスドク第三ラウンド〉などの章題にもその厳しさがうっすら漂っているように、同じ志を持つ学生たちには非常に参考になりそうだ。
「その話はちょっとね、生々しいのですよ。だから〈この話は「フィクション」であると思ってほしい〉と書いてますよね。そうじゃないと当事者に叱られそうな気がする(笑)」
ところで、動物に関する学問というと理系の印象を持つが、岡ノ谷さんは文学部出身。浪人中に〈文系でいながら動物の勉強ができるところがないだろうか、と探し回った〉末に入学した大学では、ギター部の活動に夢中になり、当然のように恋もした。この時期の経験が、のちの鳥のラブソングについての研究に繋がっているように思えるし、書評家でもある岡ノ谷さんの軽快かつ情緒的な筆致の所以にも思える。
「でも子どものころは読書感想文が本当にだめで。あらすじをただ長々と書いて、最後に一言だけ『僕はこう思いました』って書いて。ひどいものでした。それが大人になって書評の仕事で、自分にとってこの本はどうなのかという視点で書き始めたらやりやすかったんです。この本も、学校の感想文と違い自分自身のことだからか、いくらでも書けちゃった」
思い描いていたのは、『若き数学者のアメリカ』です
人の心がわからなかった岡ノ谷青年は、手痛い失恋を忘れるためと研究の場を求めるため、アメリカの大学院に進んだ。恋と音楽と研究の日々を送るストレンジャーの青春物語としては『ノルウェイの森』を彷彿とさせる。
「そうですか? まあ、もっとそれっぽくしようと思えば書けますが……なんて(笑)。自分としては、こういう感じにしたいと思い描いていたのは、藤原正彦先生の『若き数学者のアメリカ』です」
それにしても岡ノ谷さん、本を通しても実際に話しても、人間の機微や関係性に敏感な、慧眼の持ち主と見受ける。人の心がわからないようにはとても思えないが。
「いや、わかってないですよ。動物のほうが好きだし、かわいいです。でも、いずれは人間もおもしろいかなと思い始めるかもしれないですね」
『クロワッサン』1151号より
広告