映画『メガロポリス』未知への挑戦をやめないコッポラ監督の集大成──【翻訳者・戸田奈津子さんに聞いた】
撮影・相馬ミナ 文・兵藤育子
『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』など名作を送り出してきた、フランシス・フォード・コッポラ監督。『メガロポリス』は、現在86歳となった巨匠が私財を投じ、“作りたいように作った”一大叙事詩だ。
「これまで本当にたくさんの映画を観てきましたが、こんな映画は観たことがないと思うような作品でした」
コッポラ監督と縁が深く、本作でも字幕翻訳を手がけた戸田奈津子さんの感想だ。そう思わせる理由は複数あるが、まずあげられるのが古代ローマに現代アメリカを重ねた、クラシカルかつ狂騒的な舞台設定。
「ユニークなペアリングですけど、たしかにローマ帝国という巨大な帝国が、いろんな問題を抱えて栄枯盛衰を辿る様は、現代に通じる部分がありますし、相変わらず人間は愚かだったりもします。カエサルという類いまれな人物を、主人公に反映させたのも面白い試みですよね」
主人公の天才建築家カエサル・カティリナは、経済格差が深刻化する大都市ニューローマで、理想社会“メガロポリス”開発を推進。しかし新市長との対立をはじめ、さまざまな困難がその行く手を阻んでいく。
「私とコッポラ監督との出会いは、1970年代、『地獄の黙示録』の製作時にガイド兼通訳をしたのが最初なのですが、そのときすでに本作の片鱗を伺っていました。それから紆余曲折はあったものの、長い時間をかけて実現なさったことに本当にエールを送りたい気持ちです」
そんなコッポラ監督の強い信念を垣間見ることのできる、戸田さんが感銘を受けた言葉がある。
「去年プライベートで日本にいらしたときお会いしたのですが、カンヌで本作がお披露目されて賛否両論だったことを、彼はまったく意に介していませんでした。自分の作品は、誰もがすぐにわかるようなものではない。“未知のものへの挑戦は、自由であることの証しなのだ”とおっしゃったのが、忘れられなかったのです。そしたら映画の中でも同様のセリフが登場したので、翻訳しながらどきっとしました。これこそ彼のような、自由なアーティストの真髄を表した言葉なのだと思います」
『地獄の黙示録』でコッポラ監督に見出され、映画字幕翻訳者の道を歩み始めた戸田さんは、同監督の集大成といえる作品に携われたことに、運命を感じずにはいられない。
「人生は円を描いて起点に戻るとよくいわれますが、映画字幕翻訳者としての私の人生は『地獄の黙示録』で始まり、『メガロポリス』で円を閉じることができたといえます。意図してできることではないので、本当に幸運だと思っています」
『メガロポリス』
現代アメリカが古代ローマの再来であることに着目したコッポラ監督が、カエサルやキケロなど実在の人物をモチーフに描いた大作。
出演:アダム・ドライバー、ジャンカルロ・エスポジート、ナタリー・エマニュエル
東京・新宿ピカデリーほかにて全国公開中。
『クロワッサン』1144号より
広告