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古都の情景に思いを馳せて。和歌に詠まれた地を巡る旅

京都在住の歌人、永田紅さんを案内人に、主に春の和歌にちなんだ地を巡りました。歌は、一度見た景色にも新たな彩りを添えてくれるはず。

撮影・河野 涼 文・齋藤優子

宇治|宇治川(うじがわ)・喜撰橋(きせんばし)

古都の情景に思いを馳せて。和歌に詠まれた地を巡る旅

琵琶湖から大阪湾へと続く淀川の、主に京都府部分を宇治川という。喜撰橋は河岸と中州にかかる朱塗りの橋で、下をとうとうと水が流れる。宇治は平安貴族の別荘地だったとされ、網代木などを歌枕にたくさんの歌が詠まれた。『源氏物語』最終10帖の舞台でもある。

◆京都府宇治市宇治塔川 
JR「宇治」駅から徒歩15分。

古都の情景に思いを馳せて。和歌に詠まれた地を巡る旅

朝ぼらけ 
宇治の川霧 
たえだえに 
あらはれわたる 
瀬々の網代木 

藤原定頼 『千載和歌集』
 
[現代語訳]明け方、あたりが少しずつ明るくなってくるころ、宇治川に立ち込めた霧が途切れ途切れになってきた。その切れ目から浅瀬に打ち込まれた網代木が現れてくる。
 
[解説]網代木は魚を獲る仕掛けを立てる杭のこと。宇治川に並ぶ網代木は宇治の風物詩。「都では見られないこの場所ならではの美しい情景に出合えた心動かされる様子が感じられます。網代木を見たことがなくても、この和歌があると、形が見えてくる気がします」
古都の情景に思いを馳せて。和歌に詠まれた地を巡る旅

花の色の 
折られぬ水に 
こす棹の 
しづくもにほふ 
宇治の川長(かはをさ) 

藤原定家 『続古今和歌集』
 
[現代語訳]花の色が川面に映っているが、水に映った桜の枝を折ることはできない。そんな水面に宇治の渡し守が、棹をさして渡ってゆく。棹から垂れ、飛び散る雫も花の色に照り映えて、匂いたつほどに美しい。
 

[解説]鎌倉時代の詩歌合(しいかあわせ)において、〝河上花〟という題に対して、定家が詠んだ一首。

「大沢池の水面に映る菊を詠んだ歌もこの歌もそうですが、花を花そのものとともに、水を介して間接的に捉えているのが印象的です」

『源氏物語』の作中で詠まれた和歌にも、宇治川や橋が多々登場する
『源氏物語』の作中で詠まれた和歌にも、宇治川や橋が多々登場する

上賀茂|上賀茂神社(かみがもじんじゃ)

神代の昔、本殿の北北西に位置する神山に、賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)が降臨したことを起源とする古い神社。それだけに境内を流れる“ならの小川”など、多くの和歌に詠まれており、紫式部が詠んだ片岡社(かたおかのやしろ)は縁結びの神様としても有名。毎年4月には和歌の宴が行われる。

本殿・権殿(ごんでん)の手前に立つ朱塗りの楼門。桜は種類豊富で、3月下旬くらいから順次見ごろとなる
本殿・権殿(ごんでん)の手前に立つ朱塗りの楼門。桜は種類豊富で、3月下旬くらいから順次見ごろとなる
毎年4月の第2日曜に行われる「賀茂曲水宴(かもきょくすいのえん)」では、歌人が平安時代さながらの装束で歌を詠む
毎年4月の第2日曜に行われる「賀茂曲水宴(かもきょくすいのえん)」では、歌人が平安時代さながらの装束で歌を詠む

◆京都市北区上賀茂本山339 
TEL.075・781・0011 
開門8時30分~17時 
京都市バス4系統「上賀茂神社前」下車すぐ。

古都の情景に思いを馳せて。和歌に詠まれた地を巡る旅

ほととぎす 
声待つほどは 
片岡の 
杜のしづくに 
立ちや濡れまし 

紫式部『新古今和歌集』
 
[現代語訳]ほととぎすが鳴くのを待つ間は、片岡の社の森に立ち、木々の雫に濡れましょうか。
 
[解説]早朝に参拝した紫式部が、同行者の「ほととぎすが鳴いてほしい」という言葉を聞き、片岡社のきれいな梢を前に詠んだ歌。ほととぎすに恋人を重ねたという解釈もある。「千年以上の昔、かの紫式部がここで木々の梢を見上げていたと思うと、とても不思議な気がします。鳴き声は聞こえたのだろうか、などと、歌のその後を想像するのも楽しい」
古都の情景に思いを馳せて。和歌に詠まれた地を巡る旅

神山の 
春のかすみや 
ひと知らに 
哀れをかくる 
しるしなるらむ 

藤原定家 『別雷社歌合(わけいかづちしゃうたあわせ) 霞』

[現代語訳]神山にかかっている春のかすみよ。それは、私たちの知らないうちに神が憐れみをかけ、愛情を寄せてくれているしるしなのだろう。

[解説]神山は(こうやま)、上賀茂神社の祭神が舞い降りた地とされ、上賀茂の歌枕にもなっている。「60人が参加した上賀茂神社の歌合で弱冠17歳の定家が詠んだ歌。春霞とは、遠くの景色がぼやけて見えるさま。この歌を通すと山がまた特別な存在に感じられます」

  • 永田 紅

    永田 紅 さん (ながた・こう)

    歌人

    第一歌集『日輪』(砂子屋書房)で現代歌人協会賞受賞。京都大学に籍をおく細胞生物学研究者でもあり、歌はもっぱら夜中に詠む。他の歌集に、若山牧水賞を受賞した『いま二センチ』(砂子屋書房)、『春の顕微鏡』(青磁社)など。

『クロワッサン』1137号より

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