考察『光る君へ』42話「この川でふたり流されてみません?」今度こそ一緒に逝く、でもあなたが生きるなら共に生きる…まひろ(吉高由里子)と道長(柄本佑)の「川辺の誓い」
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
明子の嘆き
長和元年(1012年)道長(柄本佑)の三男・顕信(百瀬朔)の突然の出家。このことが公家社会に与えた衝撃は大きかった。
俊賢(本田大輔)「顕信は残念なことであった。されど内裏の力争いから逃れ、心穏やかになったやもしれぬ」
妹である明子(瀧内公美)を見舞った俊賢の慰めの言葉は、まるで弔問のようだ。当時の人にとって出家は世俗との繋がり一切を断つ、社会的な死を意味した。病床に伏した明子の姿はまさに子を亡くした母のそれである。
明子「比叡山は寒いでしょう。身ひとつで行ったゆえ凍えてはおらぬであろうか……」
息子になにかしてやれることはないかという思いだけが、彼女を生かしているか細い糸だ。
喉にも顎にも力が入らず、ろれつが回らないまま出てくる言葉が暖かい衣をたくさん送ってやってほしいという願い。瀧内公美の演技に、俊賢と共にもらい泣きしてしまった。
『栄花物語』は、顕信から突然出家の申し出を受けた高僧・行円の困惑と、両親である道長、高松殿明子の嘆きを伝えている。
嫡男・頼通(渡邊圭祐)の「父上も傷ついておられます」という言葉通り、道長も父親として深い傷を負ったのだが、左大臣に心を癒す暇はない。
三条帝(木村達成)は道長の次女・姸子(きよこ/倉沢杏菜)を中宮とし、先の帝(塩野瑛久)の中宮であった道長の長女・彰子(見上愛)を皇太后にと決めた。更に、道長の兄である道綱(上地雄輔)は中宮大夫に、道長の五男・教通(姫小松柾)を中宮権大夫にと、后周りを道長の縁者でガッチリ固めてくれるというこれ以上はない提案だ。左大臣・道長にとってはありがたい話だが、41話(記事はこちら)での帝の交渉術を思い出すと、裏はないのかと一歩引いて考えてしまう。果たして、これにはやはり交換条件があった。
東宮時代からの糟糠の妻である娍子(すけこ/朝倉あき)を皇后にというのが三条帝の願い。娍子の父・藤原済時は大納言であり、長徳元年(995年)に疫病でこの世を去っている。道長は大納言の息女が皇后となった例はないと抵抗した。
ドラマ内では「それならば姸子のもとには渡らぬ、渡らねば子はできぬ。それでもよいのか?」と帝が言いだしヴィランぽく微笑んでいるが、史実では「大納言の息女は皇后となった例がない」ために、亡き済時に右大臣の称号を贈り(追贈)、体裁を整えて立后としたのだった。
実資が現れた!
立后をめぐり帝と左大臣の対立が鮮明になりつつあり、道長と四納言たちは対策を練る。
斉信(金田哲)「このままでは帝のなさりたい放題だな」
三条帝が好き勝手にしているような口ぶりだが、これまで藤原兼家(段田安則)、道隆(井浦新)、道長がやりたい放題だったのを見てきているので、長年連れ添った妻を皇后にしたいという帝の主張が「なさりたい放題」と言われるのは、なんだかなあ。斉信は道長側に立って言っているのだから当然だが。
そこに、四納言における、えげつない立案と根回し担当・俊賢が
「ならば、娍子様立后の儀に姸子様中宮参入をぶつけてはいかがでしょう」
それを聞いて顔色を変える行成(渡辺大知)、公卿らの立場を鮮明にすることができると頷く公任(町田啓太)、えげつないとわかっていながら、その案に乗る道長。こんなときに飲み干す酒は、きっと苦く灼けるような味がするだろう。
その日程を聞いた三条帝は、ならば時間をずらす。昼に娍子の皇后立后の儀を行い、夜は姸子の中宮参入。それならばどちらにも公卿たちは参列できるはずと提案した。
このときも帝が悪の組織のリーダーのような堂々たる笑みと声で言うので視聴者側が誤解しそうだが、公卿たちの混乱を避けるため、また皇后の儀式の参列者が減らないよう、ただ気配りをしているだけである。
同じセリフで木村達成が苦悩している風に演じたら、加えてBGMを変更したら、帝が道長ら悪役にいたぶられる可哀そうな存在に見えるはずだ。これがドラマ演出の面白いところである。
だが三条帝の気配り対策にも関わらず、立后の儀式にはほとんどの公卿が欠席……正装した娍子の前には誰もいない。そこに現れた、大納言・実資(秋山竜次)! この事態を全く知らなかったらしい。根回しを頼まれた俊賢が(あの人にはきっと断られるだろうな)と思い、話をもっていかなかったのだろう。27話(記事はこちら)で、彰子入内の屏風歌を「あり得ぬ」と断ったことが思い出される。
帝から直々に上卿(しょうけい/行事を指揮する公卿)を仰せつかった実資は、大臣らが出席していない異常さに戸惑いながらも、
「承知しました。『天に二日なし、土に二主なし』」
と述べる。天にふたつ太陽がないように、地に二人の主がいてはならない。儒教の経典『礼記』のこの言葉は、この日の実資の日記『小右記』に記されている。実資の指揮により立后の儀は執り行われたものの、閑散としたままの饗宴……。皇后宮大夫という役職ゆえに当然ここに居ねばならず、やけっぱちで箸を進める隆家(竜星涼)と黙々と食べる実資。
三条帝と左大臣・道長の対立の矢面に立たされた皇后・娍子が気の毒だ。なんでこの人がこんな惨めな思いをせにゃならんのか。
対照的に大賑わいの姸子中宮参入の饗宴。後味の悪い道長の勝利だった。
まひろ……お疲れ様です!
立后の日の記憶を振り払うように、夢中で愛娘をあやす実資……独特のあやし方が面白過ぎるんですが。そしてレビュー特別編第2弾(記事はこちら)で触れた、千古(ちふる/子役さんのお名前不明)がいる! 以前公任の四条宮で昼下がりの情事とばかりに御簾に入っていた女房・百乃(千野裕子)が母のようだ。実資が幸せならよかったよ……。
一帝二后とはなったが、中宮・姸子に三条帝のお渡りはない。お渡りがないから宴をするのか、宴をするからお渡りがないのか。左大臣・道長の悩みは解消されない。どうしたら姸子のもとに帝のお渡りがあるかの相談、そして同時に安らぎを得るためにまひろの局を訪ねる。
道長「『源氏の物語』も、もはや役には立たんのだ。なんとかならんであろうか」
作者であり、一条帝の彰子寵愛の立役者であるまひろに対して、前回に続き随分な言いようである。左大臣として普段は気を張り詰めている分、まひろの前では自然体でいられるのもあって、言葉選びが雑になってないか。
まひろ「物語は人の心を映しますが、人は物語のようにはいきませぬ」
まことに残念ですが、そうしたご要望にはお応えしかねますというカスタマーセンターのような返事に落胆し、道長は帰っていった。
彼を見送ったまひろが書いているのは『源氏物語』41帖「幻」の和歌。
光源氏52歳。紫の上を亡くして新たな年が明けた。多くの年賀の客が現れるが、光源氏は誰とも会わずに、ただただ、愛する女性を苦しませたという後悔の日々を過ごしていた。娘である明石の中宮は、幼い我が子、三の宮(のちの匂宮)が慰めになるだろうと源氏のもとに置いてゆく。春がゆき夏がきて、紫の上の一周忌を済ませたあたりから光源氏は出家のための身辺整理を始める。あまたの女人たちとやり取りした手紙を女房たちに処分させていると、千年もの形見にしたいと取っておいた、紫の上からの文を見つけた。夫婦が唯一離れて暮らしていた須磨での隠遁時代に受け取った、心のこもった手紙。涙がとめどなく溢れ、手紙をすべて焼いてその煙を見送るのであった。
秋が過ぎてまた冬がやってきた。年の暮れの法会で、光源氏は紫の上の死後初めて人前に出る。その姿は光る君と呼ばれた若き日の美しさに更に輝きを増し、昔を知る僧が涙を流すほどだった。
大晦日の夜、孫の三の宮が「追儺(ついな)をするのだ、何で鬼を追い払おうかな」とはしゃいでいるのを光源氏は「出家をしたら、この可愛い姿も見られなくなるな」と見つめる。
もの思ふと過ぐる月日も知らぬまに年も我が世も今日やつきぬる
(悩んでばかりいて月日が過ぎることにも気づかない間に、この一年も私の生涯も尽きようとしている)
まひろが書いているのは、この和歌。……ついに『源氏物語』がラストを迎えた!
作品を書くきっかけとなった一条帝は既にこの世になく、依頼をした道長には「まだ書いておるのか」と言われた。大人気連載小説を読んだ殿上人たちの熱狂も今は遠い。誰にも見届けられなくとも光源氏の一生を書き上げて、ひとり静かに月明かりを受けるまひろ……お疲れ様です! みんなの代わりに拍手するよ、あなたにとっては必要ないかもしれないけど、私は拍手する!
翌朝、道長が見た、まひろの文机の紙に「雲隠」。
『源氏物語』最終章は、題名だけが今に伝わっている。紫式部がタイトル以外は書かなかったのか、長い年月の間に散逸してしまったのか、それとも当時何か理由があって本文が処分されたのか。後年の他者による後付けだとも、「雲隠」の言葉で光源氏の死を暗示しているなど様々な説があるが、謎である。
このドラマでは「私はこれにてお暇いたします」というメッセージとも取れる。まひろはいない。もうここには戻ってこないのかもしれない。そう悟った道長を襲う頭痛──。
いとの心配にまひろは
家に戻ったまひろに、乳母・いと(信川清順)が双寿丸(伊藤健太郎)と賢子(南沙良)の仲を心配して訴える。
「裳着はお済ましでございますよ。なにが起きても不思議ではありません」
通婚の時代である。傍目には、越後守藤原為時(岸谷五朗)の屋敷の姫君のもとに、武者・双寿丸が夫として通っているように見えなくもない。このうえ更に「事実」までできてしまっては! と、いとは恐れているのだ。それでも母であるまひろは「それならそれで、よいではないの」と笑う。
そうだわ、まひろはこういう女だったわ……「遠くの国に一緒に行くか?」という直秀(毎熊克哉)に「行っちゃおうかな」と答えた子だった。
あの頃の無鉄砲な姫君は、娘に芽生えつつある愛を微笑んで見守る、人生経験豊かなおっかさんになったのである。
左大臣家の屋台骨
道長は病に伏した。『小右記』にはこの年の6月1日からしばらくの間、左大臣・道長の病悩についての記述が続く。左大臣は頭が割れるように痛むとのことで、食事も喉を通らないようだと。
皇太后・彰子が見舞い「私のせいやもしれませぬ」と母である倫子(黒木華)に漏らす。いや、どちらかというと道長の現在の悩みの種は妹の姸子ですよ? と思うが、このように受け取るのが彼女らしい。
「皇太后様は信じた道をお行きなさいませ」と祖母である穆子(むつこ/石野真子)が励ます。この年、穆子81歳。彼女が登場するたびに感じるが、土御門殿の強さは、穆子がどっしりと倫子とその娘たちを支えてきたことによる。后、将来の国母が育った左大臣家の屋台骨だ。
彰子は藤式部(まひろ)にも支えてほしくて、帰ってくるよう手紙で促すが、敦成親王出産後の里帰りと違い、まひろは応じようとはしない。皇太后・彰子はもう大丈夫なはず。自分の役目は終わったのだ……。
左大臣・道長が倒れてから内裏に怪文書が出回った。
「左大臣の病を喜んでいる者。大納言・道綱、大納言・実資、中納言・隆家、参議・懐平(かねひら/実資の兄)、参議・通任(古舘佑太郎/皇后・娍子の弟)」
仰天した道綱は慌てて土御門殿に駆けつけ、直接釈明しようとする。大騒ぎする道綱をつまみださせる倫子の対応が正解。相手の容態がどうであろうと構わず、心配している自分の姿を見せて、言いたいことだけ言いにくる迷惑な見舞客の見本のようだ。よい大人は真似しないでね!
更にその先へ
子どもの頃のように家の掃除をし、母の形見である琵琶を弾く。超大作・『源氏物語』を書き上げ己の使命を果たして、藤式部からまひろに戻ろうとしている彼女のもとに、百舌彦(本多力)が訪ねてきた。
百舌彦「実は、殿様のおかげんがおよろしくなく……」
これを傍で聞いていた乙丸(矢部太郎)の表情といい、道長の危機に際しての従者たちの反応がとてもいい。まひろと三郎の頃からのふたりのこれまでを、すべて知っている従者でなければ、道長を救えるのはまひろだけだと気づけない。
道長とまひろを見守ってきた者として、本多力も矢部太郎も素晴らしい芝居をしている。
まひろは百舌彦に伴われ宇治にゆく──。
宇治殿と呼ばれた道長の別荘は、10円硬貨でおなじみ、国宝の平等院である。
すっかり弱ってしまった道長を目にして涙するまひろ、傍に座ったまひろを見たときの道長の表情。おそらく道長は、ずっとまひろの夢を見ていた……だから、彼女を見てもすぐには現実だとわからず、間を置いて驚いたのだ。
出会った頃のように明るい陽光に包まれて、ふたりで川辺を歩く。
まひろ「私との約束はもうお忘れくださいませ」
道長「お前との約束を忘れれば俺の命は終わる」
まひろ「ならば私も一緒にまいります」「この川でふたり流されてみません?」
道長「お前は俺より先に死んではならん。死ぬな」
まひろ「ならば……道長様も生きてくださいませ。道長様が生きておられれば、私も生きられます」
道長の思いが溢れて涙となった。
彼の「藤原道長」としての人生は、あの六条の廃屋敷から始まった。まひろは、遠くに行こうと抱きしめた自分を振り払い「一緒に遠くの国へは行かない!」「都にいて政によってこの国を変えてゆく道長様を死ぬまで見つめ続けます」と言った。心優しき三郎は、あの夜の契を果たすために、陰謀と権力争い渦巻く内裏に身を投じて藤原道長であり続けた。手にした栄光は三郎を飲み込み、痛めつけた。心身ともにぼろぼろに傷つき、辿り着いたこの川辺で、まひろは今度こそあなたと一緒に逝く、でもあなたが生きるなら共に生きると微笑んでくれたのだ。
人生にはどこかで「生きていてよかった」と思う瞬間が訪れる。三郎にとってのそれは、今まさにここだ。
ここから離れて歩き出せば、また藤原道長としての人生が待っている。それでも、愛する人が共に生きると言ってくれた後の世界には、これまでとは違った景色が広がるだろう。
そして、まひろもまた書き始める──全てやりきったと思ったが、更にその先へ。人生は生きている限り続くのである。新たな創作への道に寄り添う音楽が美しく、優しい。
「いずれの御時にか……」は天から降ってきたけれど、今度は地から水が湧き出るように。
「光隠れたまひにし後、かの御影に立ちつぎたまふべき人、そこらの御末々にありがたかりけり」
『源氏物語』42帖「匂宮(におうのみや)」!
光源氏の子や孫たちの、新たな物語が幕を開ける。
次週予告。三条帝の体調不良。「殿に愛されてはいない……」倫子様の言葉にドキッとする。双寿丸が大宰府に! ついにあの戦いが迫っているのか。賢子「母上は振られたことある?」まひろ「私の胸で泣きなさい」まひろっち、男前……!
43話が楽しみですね。光る君への最終回・48話は12月15日放送、残りあと6話!
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、見上愛、塩野瑛久、木村達成、南沙良、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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