作家志望のお笑い芸人・斉藤紳士さんと元祖カリスマ書店員の間室道子さんによる「極上の読書案内」。
撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸
めくるめく本の世界に私たちを誘ってくれる読書の達人、文学コンシェルジュ。今回登場するのは元祖カリスマ書店員の間室道子さんと、文学を愛する作家志望のお笑い芸人、斉藤紳士さん。間室さんが働く『代官山 蔦屋書店』にて、読書の面白さやおすすめ本について熱いトークを繰り広げた。
読むべき本に迷ったら、「間室コーナー」へ行こう!
斉藤紳士さん(以下、斉藤) 間室さんは毎月どれくらいの本を読んでいるんですか?
間室道子さん(以下、間室) 目標は1日1冊、休みの日は5冊、月60冊、年間720冊です。ほんとに「目標」ですよ(笑)。雑誌やテレビ、ラジオなどでも本の紹介をしているので、頑張って読んでいます。
斉藤 すごいですね! 僕はそこまで読めていないです。たくさん読んでいる中で「これはちょっと合わないな」というのもあるんでしょうか。
間室 もちろんあります。私は“本の途中下車”って呼んでいて、ガンガンしてますよ。理由は、ひとつは単純に面白くない時。もうひとつは今の自分の知性と感性がまだ未熟な時ですね。
斉藤 僕も途中下車をすることはありますね。夢野久作の『ドグラ・マグラ』なんて、何度読んでも寝てしまって。
間室 そういう本は数年後、あるいは10年後にまた読んでみればいいと思うんです。私は今60代なんですが、たとえば20代では途中で放り投げちゃった本が、今読むと面白く感じることも。昔、途中下車した理由や、自分の成長も分かったりするんですよね。
斉藤 途中下車ではないんですが、僕はカート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』という本が好きで、何度も読み返しているんです。おっしゃるとおり、20代、30代、40代ではそれぞれ見える景色が全く違うんですよ。読むたびに捉え方が変わることに感動します。
間室 私も最近『星の王子さま』を読み返して、酔っ払いが登場していたことにびっくりしました。王子さまとのやりとりもすごくエスプリが効いているんですが、10代の時は読んでいても全然頭に入って来なかったんでしょうね。数年ごと、あるいは人生の節目ごとに読み返す“本の定点観測”も、ぜひおすすめしたいです。
本は何を読むかと同じくらい いつ、どの順番で読むかも大事。
斉藤 間室さんは子どもの頃から本好きだったんですか?
間室 私は書店の娘なんです。だから子どもの頃から周りに本がたくさんあるのが当たり前でした。小学1年生の時、初めて自分の意思で読んだのがエーリッヒ・ケストナーの『点子ちゃんとアントン』。マイ・ファースト・ブックがこれじゃなければ、私は今こういう人間になっていないはず。本って何を読むかと同じくらい、いつ、どの順番で読むかも大事なんですよね。
斉藤 それほど当時の間室さんにとって面白かったということですか。
間室 この本はミステリーとして一級品なんです。なんて面白いんだろうって思って、ミステリーが大好きになりました。そこから広がって純文学も何でも読みましたけど。斉藤さんのマイ・ファースト・ブックは?
斉藤 子どもの頃は全く読んでいなかったんですが、小学4年生の時、教科書に載っていた芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んでものすごい衝撃を受けたんです。それまでは漫画しか読んでいなくて、物語といえば勧善懲悪みたいな単純な展開しかないと思っていたのが、いくら悪人とはいえカンダタが最後に糸をぷつんと切られて終わる。こんな世界があるのか!と。それで芥川のほかの作品を読んでみたくなって、『杜子春』を手に取ったんですが、最後まで読み通せませんでした。
間室 途中下車したんですね(笑)。
斉藤 もう少し読書の習慣を身につけてから再挑戦しようと思い、小学5年生の時に1年間かけてルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズを全巻読んだんです。ちなみに僕の芸名の「紳士」はルパンの「怪盗紳士」から取ってます。その後いろいろな本を読む中で純文学に惹かれて、芥川賞受賞作なども追いかけるようになりました。
間室 ご自分で小説も書いていて、これまでに4度、新人文学賞の最終候補に残ったとか。
斉藤 小説を書いていると、自分でも思ってもみなかった方向に話が展開していくことがあるんです。お笑いのネタ作りにも通じるんですが、最初に書こうと思っていたこととは全く違うのに、書き終えてみるとそこが核になっていたりする。そういうことを楽しみながら、今後も書き続けたいですね。
ミステリーあり、笑いあり。 二人が太鼓判を押す小説とは。
間室 今日はおすすめ本を5冊紹介してほしいとのリクエストがありまして。お互いに1冊ずつ紹介していきましょうか。私は日々お客さまに本をおすすめする仕事柄、今回も斉藤さんや『クロワッサン』の読者を思い浮かべながら選んできました。まずは、藤沢周平『秘太刀(ひだち)馬の骨』。これは時代小説でありながら、極上のミステリーなんです。この作品がマイ・ファースト藤沢周平なんですが、そうでなければこんなに藤沢ファンになっていなかったかも。
斉藤 僕は仕事柄、笑いに意識が行くので、まずは自分が読んで笑った作品として小島信夫『アメリカン・スクール』を選びました。小島さんは僕にとっては「天然の人」。意図的に笑いを作っている部分もあるとは思うんですが、普通に書いているのにどこかずれているという面白さがあります。
間室 では私も笑える1冊を。一條次郎『ざんねんなスパイ』です。これはいわゆるオフビート小説。一言でいうと登場人物が全員変なんです。この作品も笑いが計算ずくではないところが素晴らしい。何もない平地ですっ転び続けるようなパワーにシビれます。
斉藤 僕の2冊目は、西加奈子『サラバ!』です。これを読んだ頃、当時コンビを組んでいた相方に作ったネタを否定され続けていて、そのうち相方におもねるようなネタばかり作るようになっていたんです。そんな時、この本の中の「あなたが信じるものを誰かに決めさせてはいけない」という言葉に出合い、コンビ解散を決心しました。
間室 そうですか……。読みながら主人公と長い旅をしている気分になる本ですよね。旅といえば、恩田陸『鈍色幻視行(にびいろげんしこう)』。豪華客船を舞台にしたミステリーです。この本の魅力は、分からない人にとっては何でもない一言がとてつもなく怖く感じるところ。でもそれには小説作品にどっぷり浸ること、虚構に身を預けることが大事なんです。そういう意味で、この作品は近頃の「サクッと読める」や「映画を早送りで見る」に対するアンチテーゼかと。
斉藤 僕が「小説でこんなことができるんだ」と思ったのは、村上龍『海の向こうで戦争が始まる』。登場人物の目がカメラのような働きをして、小説を読んでいるのに映画を見ているような感覚になったことに衝撃を受けました。
間室 小川洋子『掌に眠る舞台』は、斉藤さんも日々立っている“舞台”をテーマにした短編集。一編一編が素晴らしいうえに、この本は「この世に舞台というものがある喜びと奇跡」についても書かれています。
斉藤 干刈(ひかり)あがた『ウホッホ探険隊』もおすすめです。両親が離婚する家族の話なんですが、僕も同じような体験をしていることもあるからか、読むと必ず泣いてしまいます。母親が息子に「君」と呼びかける二人称の文体も悲しみを加速させている気が。
間室 私の最後の一冊は川上未映子『黄色い家』。純文学の作家が書くエンタメのタガが外れて生き生きした感じが好きで。これはお金の暴力性が暴かれる話。読後は全身を札束で引っぱたかれまくったようにヘトヘトになる、エネルギッシュな作品です。
斉藤 僕のラストは今村夏子『あひる』です。この作品は作り方がまるでコント台本と一緒。人間の根底にある面白さを描きつつ、純文学として読ませているところがすごいなと。
間室 今村さんの作品には、どこか不気味さもありますよね。いろいろな受け取り方ができるところも、コントに通じる部分があるような気がします。
1. 『アメリカン・スクール』
小島信夫 (新潮文庫)
アメリカン・スクールの見学に出かけた日本人英語教師の体験を描く芥川賞受賞作を含む短編集。「読みながらつい笑ってしまいます」
2. 『ウホッホ探険隊』
干刈あがた (P+Dブックス 小学館)
離婚を契機に新しい家族像を模索し始めた夫、妻、小学生の二人の息子。「明るくたくましい息子たちの姿がより悲しみを誘うんです」
3. 『サラバ!』
西 加奈子 (小学館文庫 上・中・下巻)
イランで生まれた歩(僕)、父、母、姉からなる圷(あくつ)家とその親類、歩の友人たちの数十年を描いた大作。「作者の熱量に圧倒されます」
4. 『あひる』
今村夏子 (角川文庫)
1羽のあひるを飼うことになった家族の変化を描いた表題作のほか、2編を収録した短編集。「今村さんは今一番注目している作家です」
5 『海の向こうで戦争が始まる』
村上 龍 (講談社文庫)
海辺で出会った男女のやりとりを起点に、男の目に映る海の向こうの物語を描く。「まるで映画を見ているかのような感覚になります」
1. 『鈍色幻視行』
恩田 陸 (集英社)
〝呪われた〝小説とその著者の謎を追う主人公が、関係者が集まる豪華客船の旅に参加する。「次々とスリリングな展開が押し寄せます」
2. 『黄色い家』
川上未映子 (中央公論新社)
17歳の夏、「黄色い家」に集った少女たちの危険な共同生活。「読んで感じたのは、お金は暴力だということ。後半は特に圧巻です」
3. 『掌に眠る舞台』
小川洋子 (集英社)
演じること、観ること、観られること。「舞台」にまつわる8編を収録。「観劇のライブ感に近い胸の高鳴りを味わえる1冊です」
4. 『ざんねんなスパイ』
一條次郎 (新潮文庫)
73歳の新人スパイが市長暗殺を命じられ……。不条理が連鎖するユーモア・アクション。「とにかく面白いのでぜひ読んでほしい!」
5. 『秘太刀馬の骨』
藤沢周平 (文春文庫)
幻の剣法探しを命じられた男二人の運命やいかに! 「絶品の活劇小説で、若いほうの男が嫌なやつなのに憎めないのが読みどころ(笑)」
物語の世界に入り込めば自分もその空間にいる気分に。
間室 読書って、慣れて面白くなってくるまでに少し時間がかかるんですよね。今のゲームやTikTokって、始まってすぐに面白いけれど、本は何冊か読まないと、自分がどういうものが好きかも分からないですし。
斉藤 でも物語の世界に入り込めば、本当にその空間に自分がいるような臨場感、没入感を味わえる。これは読書でしかできない体験だと思います。
間室 ゲームや動画は電気が止まれば終わりだけど(笑)、本は1冊あれば日が上ったら読める。定点観測や途中下車もできる、息の長い娯楽です。読書の面白さをもっと知ってもらうために、私たちも頑張らないと。
斉藤 僕もYouTubeで作品をどんどん紹介したいですし、小説も書き続けて、文学の世界に貢献したいです。
間室 とにかく「ノーブック、ノーライフ」ですからね!
文学がきっと好きになる、斉藤さんのYouTube解説。
『クロワッサン』1125号より
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