苦手なコトは人に頼って良し!山口恵以子さんの“家事代行”活用術。
撮影・青木和義 構成&文・堀越和幸
家事代行サービスとの出合い(山口恵以子)
あれはまだ母が存命中だった頃なので、今から7~8年前だったと思う。時代劇を書く作家同志の集まりで、どういう経緯だったか、西條奈加さんに「自転車操業で仕事をこなしながら家事をするのがきつい」と愚痴を漏らした。すると西條さんが「家事代行を頼めば?」と提案してくれた。
「山口さんは料理は嫌じゃないだろうから、それ以外の家事を代行してもらえば良いと思うよ」と。
私の中では家事代行イコール良家の家政婦さんというイメージがあって、大作家でもないのにとても無理、と諦めていた。しかし西條さんのアドバイスで考えが変わり、ネットで検索してみたら、今や家事代行は多岐にわたり、ニーズに合わせて気軽に頼めるサービス業であることが分かった。
当時の私は月刊誌の連載とシリーズ物の作品を二作抱え、オリジナル作品にも挑みながら、手抜きとはいえ家事と介護をこなす生活を送っていた。
レンジフードの掃除だけは、年一回業者を頼んで代行してもらっていたが、普段の掃除と洗濯、ベッドのシーツ・カバー交換は週に一回、日を決めてやっていた。その日が近づくと気分が落ち込んで、終わった後は気力を使い果たしてヘトヘトになった。
もういや、こんな生活!
五十五歳までは週五日、食堂で働きながら同じように家事をこなしていたのに、どうしてこれしきの作業が苦痛になったのだろう。多分還暦が目の前に近づいて体力が衰えたのに加えて、松本清張賞を受賞した後の一年間で、マスコミ対応と執筆で十年分くらい働いた疲れが、どっと出たのかもしれない。
とはいえ、母は昔、父の工場で働いていた工員さんの世話がトラウマになり、他人を雇うことを極端に嫌っていたので、2019年1月に母が他界するまでは、家事代行サービスは頼まなかった。
そして実際に家事代行を頼むことになり、私は掃除に特化してお願いした。うちは二階建ての3LDKなので、リビング、寝室3、階段、キッチン、浴室、そしてトイレが二カ所。時間は三時間。
その三時間が、自分で掃除していた時には永遠に感じられるほど長かったのだが、人様にお願いしている間にテレビを観たりパソコンを打ったりしていると、あっという間に過ぎてしまう。
お金を払って嫌なことを人に頼める幸せは、言葉では言い尽くせない。「金持ち喧嘩せず」とはここから生まれたことわざではないかと思う。
気分が落ち込んでいたり、イラついていたりしては、小説は書けない。少なくとも面白い小説は。明るく前向きな気分でいることが大切なのだ。
私は家事代行業者さんには、掃除をしてもらっているというより、私の作家生命を伸ばしてもらっていると思っている。家事代行サービスを教えて下さった西條奈加さんにも、御礼申し上げます。
台所をピカピカに磨くためのさらなる一手間。◆キッチン
週1回で3時間の掃除代行のサービスを受けている山口さん宅は基本的にきれいだ。この日やってきたスタッフの大畑みなみさんもまずはその点を評価。
が、そこはプロ。週1のサービスだけではなかなか手が及ばないところが、やはり目につく。例えば台所の天板。
「一見きれいな天板も姿勢をかがめて斜めに見てみると、油膜のような汚れがこびりついています」
そう言いながら取り出したのは、100円ショップなどで買えるメラミンスポンジ。水を含ませ、丁寧に擦っていくと、まるで新品のような輝きを取り戻した。
「仕上げは水跡を残さないように乾いた布で乾拭きをしましょう」
【山口さんの感想】
言われたとおりに目を凝らしてみると、それまで見えなかった〝曇り〟が見えてびっくり。それを取るだけで台所が清々しい印象になりました。
難所の排水口は奥の奥までをチェックする。◆浴室
扉を開けると大畑さんはここでも「きれいですね」と感想を漏らした。この家に住んで16年、とは思えないほどに浴槽もピカピカ。が、問題は難所の排水口部分だ。
「ヘアキャッチャーや封水器(排水口内に設置されている筒状の器)も髪の毛の汚れやぬめりがなくよく掃除されてますが、ここは……」
言いながらさらに排水口の奥のほうに指を届かせて、取り出したのは排水ピースと称される部分。
「浴槽からの水を逆流させない仕掛けで、ここの汚れもニオイやつまりの原因になります」
意外に見落としがちなこの部分は、塩素系洗剤と不要な歯ブラシを使って清めていこう。
【山口さんの感想】
ここまではやったことがない、というのはお風呂の構造自体を知らなかったからだと思います。プロの現場に間近に触れて、勉強になります。
目に見えない埃や毛を便利掃除グッズで搔き出す。◆リビング
山口さんは3匹の猫を飼っている。名前はボニー、エラ、たま。リビングに入った大畑さんは、床掃除に入る前にまずカーテンに掃除用のコロコロを転がし始めた。
「空中に舞っている埃や髪の毛は静電気で壁やカーテンに吸い付くんですよ。猫の毛も同様です」
目には見えなかったけれど、何度かコロコロを往復させていると上写真のような状況に。さらに床掃除に使うモップ式のペーパー雑巾ではこんな裏ワザも披露。
「壁と床の境にある巾木(はばき)と呼ばれる部分は縁のところが意外に埃が溜まりやすい。ペーパー雑巾を壁に沿って寝かせて使ってみると、細かい汚れが取れて便利です」
【山口さんの感想】
猫と一緒の暮らしが長いのでコロコロは外出前には洋服に使っていました。でも、壁やカーテンにもこんなに吸い付いていたとは……。
きれいに使っていても意外な死角があるトイレ掃除。◆トイレ
週1回の代行サービスのおかげで、山口家はトイレも清潔だ。ここはさすがに仕上げの磨き掃除くらいで済むだろうと思いきや、大畑さんは便座横の四角いスイッチに手を伸ばし、何と便座を便器から外してしまった。
「ここまでする人は滅多にいない、手が届かない部分ですが、だからこそ大抵の家では汚れています」
大畑さんによれば、山口家のトイレは至ってマシなほうなのだそう。トイレ用の塩素系洗剤とウェットシートを使って、溜まった黄ばみを丁寧に落とす。
「もちろん毎度でなくていいので、時折外して確認するとさらにトイレを清潔に保てます」
【山口さんの感想】
お風呂に続いてトイレも構造を知っているからこその掃除法でした。いつも清潔に使っていても、意外に汚れが溜まっていて驚きました。
山口さんに教わる、家事代行との上手な付き合い方。
選ぶ
何を代行してもらうか?まずはテーマを明確にする。
山口さんが家事代行サービスを頼む会社は実は現在が2社目である。
「前の会社もすごく頼りになる方で都合退職をしてからは専属契約にもなってもらったんですが、途中で動物アレルギーになってしまいまして」
現在の会社でずっと通ってくれているスタッフはベテランで、留守の際には家の鍵の取り扱いも共有できるほど気心が知れている間柄なのだそう。
「私は掃除に特化して代行をお願いしていますが、会社を選ぶときはテーマを明確にすると決めやすいと思う」
福岡に住むいとこから相談された時には、病気の夫の看病のために食事がままならないと聞き、出張調理をしてくれるところを探すようアドバイスした。
気にしない
大らかな精神で築きたい、スタッフさんとの人間関係。
代行サービスとはいえ、家に訪れてくるのはやっぱり他人。人間関係を構築しやすい社交的な性格ならまだしも、そうでなかったらスタッフとどううまく付き合っていくべきか?
「前に述べましたが、工場経営をしていた我が家には住み込みや通いの工員さんが20人近くいて、食事の世話などをしていた母は本当に大変でした」
それに比べれば、1週間に1度、しかも3時間だけのお付き合いの家事代行は山口さんにとっては全然気がラクであるという。それにーー。
「私、大雑把な性格なので細かいことは気にしないんです。スタッフさんが帰った後に掃除のできをチェックするような人には向かないかもしれません」
感謝する
代行のおかげで何を得たか、感謝をもって考える。
苦手なことを代わりにやってくれている、せっかくお金を払っているのに粗探しに時間を費やしていてはもったいない、というのが基本スタンスだ。それに、と山口さんは続ける。
「週にたったの1回ですが、この1回のおかげで私はどんなにストレスから解放されているか。寿命が伸びる気がするというのは決して大袈裟な例えではなく、感謝しかありません」
この家で一緒に暮らしていて、すでに他界してしまった、母、兄に思いを馳せながら山口さんは語る。
「もし母と兄がいた時に私が調理代行のサービスを頼んだとして、作られた料理が口に合わなかったとしても、私は絶対に文句を言わなかったはずです」
『クロワッサン』1125号より
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