押し込み強盗、ストーカー、災害避難時の性被害や窃盗…、具体的な10の事例から防犯対策を練る。
撮影・小川朋央 イラストレーション・クレメンス メッツラー 構成&文・堀越和幸
防犯や災害に対する危機管理意識を高めるには日頃からニュースをよくチェックしてほしい、と語るのは防犯アナリストの桜井礼子さんだ。
「自分には関係ない、怖いから避ける、ではなく、自分ごと化して見る習慣をつけると、知識もアップデートされていざという時の行動力につながります」
そして、普段は桜井さん自身も人についての性善説を否定するものではないが、それでもいざという時はーー。
「困った時に悪事に手を出してしまうのも、悲しいかな人間の一面です。災害時は人に頼らなければなりませんが、そんな時こそ冷静に人を見ることも大切。自衛の手段になります」
〈 押し込み強盗 〉ドアを開けた瞬間を犯人は狙っている。
ある日、外出先からちょうど家に帰ってきたタイミングで宅配業者が荷物を携えてやってきた。ドアを開けると段ボール箱にはいつもの見慣れた送り状が貼り付けてあり、そこには確かに自分の名前と住所も記されていた。荷物を受け取ろうとドア越しに体を乗り出すと、突然、訪問者の態度は豹変。ドアの隙間から力任せに体を突き飛ばされ、次の瞬間、マスクをした複数の男が家に押し入ってきた。
【対策】
さまざまな手口でドアを開けさせて家に押し入り、金品を奪う犯罪を押し込み強盗と呼ぶ。
「隣に引っ越してきました、などとドアを開けさせる手口はいろいろです。そして犯人は入りやすそうな家を下調べしていることが多いので、日頃からそういう隙を作らないことも大切だと思います」(桜井さん)
例えば、誰もいない家に帰る場合でも、あえて玄関口で“ただいま!”と大きな声を出すようにすれば、中にほかの人間がいると勘違いした犯人は気持ちをくじかれる。そして宅配便を装ってきた、前掲の事例の犯行についてはーー。
「インターホンがあるなら、どこの誰から何が届いているのか、まずそこまでをきっちり確認することです。一戸建てに住んでいる人は、その上で家の前に宅配ボックスを設置しましょう」
インターホンがない場合はどうしたらいいか?
「直接の対面はなるべく避けたいので、ドアを開ける時でもドアチェーンをかけたまま対応してください。もし荷物が必要なものと判断したら、そのままドアの前に置いておいてください、とお願いすれば済むことです」
〈 窃盗 〉近頃、留守宅を狙って、盗まれるモノとは?
旅行から久しぶりに家に戻ると、部屋の空気がムッと澱んでいた。窓を開け放ち、風を通した後に、エアコンをつけようとしたら、今度はなぜかうんともすんともいわない。故障かと思い夫に助けを求めると、庭から夫の慌てる声がした。「室外機がなくなってる!」
【対策】
近頃エアコンの室外機を狙った窃盗事件が多発しているらしい。なぜそんなものが盗まれてしまうのか?
「最近は金属の値段が上がっていて、銅やアルミニウムなどが廃材の売買市場で高値で取り引きされているそうです。それで数万円単位で荒稼ぎをする人もいると聞きます」
対策として考えられるのはまずは室外機の取り付けの見直しだ。
「意外に簡単なボルトで架台に設置されているので、壁に金属で固定したりする方法が考えられますが……」
効果的なのはAIカメラの導入だ。
「室外機だけでなく、家の周りを見張ることが可能です。それと庭にセンサーライトと防犯砂利を敷き詰めるのも手でしょう。踏むと大きな音が鳴るので、家の高窓の下などに敷くと、格好の対策になると思います」
〈 送り付け詐欺 〉買った覚えのない商品が家に届いたら。
大学生の娘宛てに宅配便の箱が届いた。しかも代引き(代金引換)で6000円ほどかかるのだという。近頃よくネットショップで買い物をしているらしい娘に代わって、仕方なく立て替えた。ところが、学校から帰ってきた娘にその宅配物を渡そうとすると、まったく身に覚えがないという。不審に思って箱を開けてみると、中からざら紙に包まれた石ころが出てきた。
【対策】
注文していない商品を勝手に送り付けてきて、代金を一方的に請求する行為を送り付け詐欺と呼ぶ。
「宅配の荷物はその素性をしっかり確かめてから、と先ほど説明しましたが、この場合は自分ではなく家族のもので、しかも品代の支払いを早く済ませてしまいたいという意識が働き、つい言われるままに払ってしまうケースが多い」
また、請求される金額も数千円、という支払いやすい金額で設定されることが多いのもこの手口の特徴だ。対策としてどんなことが考えられるか?
「家族のために、という気持ちでつい払ってしまいますので、ネットショップで誰が何を買ったのか、ということを家族間で事前に共有できるといいと思います」
例えば、ボードやカレンダーに宅配で届くものの一覧を書く、スマホの予定アプリで可視化するのもいい。そして、
「おかしいなと思う支払いが生じた時は、消費者センターに相談しましょう」
〈 空き巣、ストーカー 〉不用意なSNS投稿に個人情報のヒントが。
まとまった休みが取れたので沖縄にやってきた。とつぶやき、SNSに上げた海辺の景色や食事や買い物の写真。が、4日間の旅程を終えて、家に戻ると部屋の様子が何か変。クローゼットや書類棚の引き出しが中途半端に開いていて、物が動かされている。よく調べてみると、バッグや時計、アクセサリー類がごっそり盗まれていた。
【対策】
不用意にSNSで自分のことをしゃべっていると、それが空き巣にとって好都合の情報源となることがある。
「特に現在進行形で旅の話をするのは、留守であることを公言しているようなもの。気をつけましょう」
留守宅を狙うのが空き巣だから、対策は留守を悟られないようにすること。
「例えば、家を空ける時に、設定した時間だけ灯りがつくタイマー付きの照明もあったりしますので、そういうものを活用するのも手です」
またSNSを発信する時には、自撮り写真にも注意したい。
「写っている背景で住所を割り出したり、中には瞳に映り込んだ風景で家を特定する手口も耳にします」
ゲーム感覚で探し出すらしい。
〈 空き巣、出店荒らし 〉防犯カメラ、ロープで火事場泥棒を撃退。
震災に見舞われて、一時避難を余儀なくされた。1週間ほど経って余震が落ち着きだしたので、家に荷物を取りに戻ると、傾きかかった家の窓が割れていて、畳の床には土足の跡。テレビや電子レンジ、パソコンなど主だった電化製品がきれいになくなっていた。
【対策】
いざという時は着のみ着のままで逃げなければいけないから、いわゆる火事場泥棒はそこに付け込む。
「被災地では残念ながらどこにでもある事例で、貴金属だけでなく、最近はお金になるものなら家電でも何でも持っていかれるケースが多いようです」
前述したセンサーカメラやAIカメラの設置が一つの防衛策となるが、「停電で止まってしまうことがあるので、それに対するケアは必要でしょう」
併せて桜井さんが教えてくれた簡単な方法がロープの活用法だ。
「家に帰れるタイミングになったら、周囲にロープを張り巡らせるんです。空き巣にとっては、それをするだけでも精神的なハードルが高くなります。不法侵入の明快な線引きになりますし」
また、避難勧告の出た町ではコンビニなどの店も荒らされることが多い。これを出店荒らしと呼ぶ。
「お店の場合は有事の際、責任者がレジを空っぽにして避難することになりますが、全ての入り口を施錠して逃げない限りは、商品を完全に守り切るのは難しいというのが現状のようです」
〈 性被害など 〉1人で動かないことで、性犯罪を未然に防ぐ。
大勢の人と避難生活をしているとふとした時に、見られている、と感じることがある。今日も上着でかばいながら、子どもに授乳をしていたら、人の視線を感じた。反射的に周囲を見渡しても、誰も見ていないようなのだが……。
【対策】
有事の避難所における着替えや子どもへの授乳は、女性が困る大きな問題だ。即席避難所には、専用の個室どころか段ボールの仕切りがないことも。
「簡易的なものでもいいのですぐに調えてほしい、と行政へお願いしたいですね。授乳については、母子の体をすっぽり包む専用の授乳ケープがあるので、知識として覚えておくといいです」
性被害のリスクを少しでも減らすにはトイレに1人で行かないことも大切。
「子どもに付き添う時は、入り口で〝ここで待ってるからね!〟と大きな声をかけるだけでも効果があるはずです」
加えて防犯ブザーも準備したい。
「その使い方も大切です。防犯ブザーを鳴らしたらとにかく人けのあるほうへ投げるのです。すると犯人はそれを取りに行くか、人を恐れて逃げます」
そのまま握り締めていると、犯人に奪われて踏み壊される危険も。
〈 窃盗 〉避難所で貴重品を保管する心得は?
避難所で食料の配給を受けるために自分の居場所からちょっとだけ離れた。財布や通帳を入れたハンドバッグは危ないので布団の下に隠しておいたのだが、戻ったらすでになくなっている。昼間の時間、こんなに大勢の人が中を行き来しているのに……。
【対策】
避難所に行くことになった時、人の目がたくさんあるから何かと安心かとつい思ってしまいがちだが。
「そのたくさんの人の中には悪いことを企む人もいるということを忘れないでください。有事の場合は特に、つい魔が差すということだってありますから」
大切なものを集団生活に持ち込む時は肌身離さず、が基本だ。
「まずハンドバッグはNG。ウエストポーチやボディバッグで常に携行することを心がけてください」
寝る時も肌身離さず、なのか?
「外して枕の下に敷く、という意見も聞いたりしますが、一度寝返りを打てばもうアウト。仰向けで寝るならポーチ部分をお腹に回し、寝ることです」
そしてこれは平時より準備しておくといい一つのアイデアだが。
「銀行には貸金庫というサービスがあり、貴金属や有価証券などの財産を預かってくれます。年間2万円くらいで使えるので、一度調べてみましょう」
〈 詐欺 〉災害時にも平時にも悪質な訪問販売に注意。
大きな地震と度重なる余震が続いて、古い家に雨漏りがするようになった。困っていたところに、自治体から要請を受けたという触れ込みでブルーシートを売る業者がやってきた。さっそく屋根に取り付けてもらったら、請求された金額が10万円を超えていた。
【対策】
人の弱みに付け込む便乗商法が出やすいのも、有事においては気をつけなければならない点。
「自治体から派遣されたということだったら、まず身分証明書を確認しましょう。その上で、役所に直接確認を入れればダブルチェックになっていいでしょう。業者の訪問販売の場合は、あらかじめ見積もりを確認することです。もし不当な料金を請求されたら消費者センターに連絡をしてください」
有事と言わず、最近は平時でも屋根の修理を請け負うという訪問販売の詐欺が横行している。
「アポなしで訪ねてきて、屋根が傾いているから工事しないとすぐに壊れる、あるいは瓦が落ちそうだから早く点検したほうがいい、と不安を煽っておいて高額な修理代金を要求する手口です」
たいがいの場合は無料点検で誘うので、それを真に受けてしまうとーー。
「屋根に上がって、目の届かないところを壊してからその修理費を見積もろうとする悪質なやり方もあります」
怪しかったら契約をしない。立ち去らなかったら警察に電話をしよう。
〈 車上狙い 〉ちょっとの工夫で、車上荒らしを撃退。
避難所で窃盗に遭うのが嫌なので、貴重品関連の荷物を駐車場の車の中に保管していた。昼間は車で過ごすこともあり注意を払っていたつもりが、ある晩、窓ガラスを割られて、中の荷物がごっそり盗まれてしまった。
【対策】
まず、車のガラスは案外割れやすいと、桜井さんは言う。
「先の硬い金属の棒やハンマーがあれば案外簡単に割れます。なので、座席部など見えるところに目を引く荷物を置いておくのは絶対に避けましょう」
また、最近は鍵穴に鍵を差し込まない、スマートキーでドアの開け閉めを操作する車も増えた。そしてその車を狙った車上狙いや自動車盗も多発している。
「スマートキーが発する微弱な電波を、持ち主からキャッチして、それを車の前で待ち受けている人間に中継してロックを解除するというやり方です。リレーアタックと呼ばれていて、これだとどう盗まれたのかがわかりづらい」
対策としてはスマートキーの電波を外に漏らさない、専用の電波遮断ボックスに保管をすることなどが考えられる。災害時に限らず、平時においても気をつけなければならないだろう。
〈 詐欺 〉多様な手口で横行する、募金詐欺を見抜く。
電話でNPO団体を名乗るボランティアから、被災地への募金のお願いがあった。被災地は知人が住んでいることもあり、指定されたとおりに口座に義援金を振り込んだのだが、後日、知人はそんな団体は聞いたことがないと言う。慌てて、団体が残した連絡先に電話をしたが、すでに通じなかった。
【対策】
善意に付け込むような募金詐欺は年々多様化しているらしい。
「まず公的な団体が個別に電話をかけ、募金を募るというのはまずないことです。なので、そんなケースに出くわしたら、相手の素性(住所や氏名、連絡先)などを聞いた上で、団体のホームページをチェックしてみましょう」
ホームページが存在していたとしても、更新が滞っていたり、寄付の使い道が明記されていなかったら要注意だ。
「募金詐欺は個別の金額が少額のため、メディアなどでも報道されずそのままになってしまう事例が多く、日頃から自分で注意する必要があります」
そして、なかなか報道が世に出てこないのはまた違った事情もあるらしい。
「いつか犯罪をしようと考えている人間を犯罪企図者と呼びますが、そういう輩に多様化している詐欺の手口を教えたくないという意図もあるようです」
模倣犯を出さない、ということだ。
『クロワッサン』1124号より