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「私が一番大事」(村井理子)

イラストレーション・ながしまひろみ 

私がいちばん大事

村井理子

特に理由はないのだけれど、精神的に落ち込み、どこか体調が優れない日々が続く。原因がはっきりとしているわけではないのだけれど、なんとなく、気持ちが晴れない。体が重い。疲れる。理由もないのに、イライラと腹が立ち、落ち込む日が増えた。そんな自分を周囲が腫れ物に触るように扱うのが、余計にしゃくに障る……多くの女性がそんな経験をしているのではないでしょうか。実は、私にも覚えがあります。たっぷりと。

四十代から五十代の女性が慢性的な体調不良を誰かに相談すると、返ってくる答えは決まって「更年期」のひと言です。その可能性があるのは自分でも十分わかっているからこそ、そうやって簡単に決めつけられるのがいちばん嫌だと私は感じます。誰もが言うその「更年期」という言葉は、私たちを沈黙させる力はありますが、問題を解決してはくれません。判で押したように投げかけられる言葉に傷つけられるのは、悩んでいる当事者の女性です。もう少し優しさを持ってくれないものかといつも考えます。

だって、私たちって働き者ではないですか!
家事、育児、親の介護。誰かのために忙しく働いてきたのは、多くの場合が女性です。自分の用事を変更してまで、家族のために奔走してきたのは、女性の場合が多いはず。そんな私たちの体と心に次々と現れる不調が、すべて「更年期」が原因だから、やり過ごすしかないと言われれば、そう簡単なことじゃないと言いたくもなりますよね。そう簡単に納得出来るほど、私たちは単純な生き物ではありません。私たちにだって心があるし、感情があります。当然のことではないでしょうか。

私自身は、「更年期」という言葉はあまり意識しないようにして暮らしています。むしろ、全力で抗って、頭の隅に追いやって生きていきたいと思っています。ここで負けてはいけないと常に自分に言い聞かせています。でも、初めからそう考えられていたわけではありません。実は、私は大きな失敗をし、その痛すぎる失敗から嫌というほど学んだのです。

四十七歳のとき、私は突然倒れました。倒れるまで数ヶ月間、体調不良は続いていましたが、いつも通り家事と仕事をこなしていました。自分を誤魔化し続けていたのです。倒れたとき、すでに私の心臓はボロボロの状態。まったく自覚のないまま、心臓弁膜症に罹っていました。

幸運なことに、私はぎりぎりの状態で命を助けられ、最終的には手術を受けて、今は、とても元気に暮らしています。ほんの数年前に死にかけた人とは到底思えないほど、普通の暮らしを楽しんでいます。更年期障害の影響? もちろん、それはあります。理由もなく気持ちが落ち込んだり、体が重く感じられて寝込んだり、突然の発汗に悩まされています。でも、そんなものは吹き飛ばしてやれと自分に言い聞かせています。同年代の友人たちと声をかけ合って、「みんなで乗り越えちゃおう!」と励まし合っているのです。

私が四十七歳の大失敗で学んだのは、誰よりも大事なのは「自分」という、ある意味本当にシンプルな真実でした。その大事な自分自身を、それまで雑に扱ってきてしまったことが、とても悔しかったし、自分自身に腹も立てました。

自分をネグレクトしていたこと、体調不良があったのに、それを誤魔化し続けて病状を悪化させてしまったこと。「更年期」という厄介な言葉で、自分自身を騙していたこと。自分を犠牲にすれば、家族は幸せになれるのだと信じ込んでいたこと。そんなすべての間違いに気づいたとき、私はようやく変わることができました。どん底を経験した私が辿りついたのは、過去は取り戻すことは出来ないけれど、これからの自分を変えることは出来るという考えだったのです。目の前の霧が晴れたようでした。

この考えに辿りついてからの私は、それまでの哀れな自分をすべて捨て去って、別人のようになりました。家事は可能な限り手を抜くことを覚え、洗濯ものが山になっていても、まったく気になりません。今日は料理が面倒だなと思ったら、子どもたちにはお金を渡して、どこかで食べてきてと伝えています。コンビニとかハンバーガーとか、いいんじゃないの? と、アドバイスまでつけています。高校生なので、むしろ本人たちは喜んでいるのではないでしょうか。家具に少しぐらいほこりが溜まっても気にしませんし、おせち料理なんて、もう何年も作っていません。義理の両親の介護については、可能な限り、プロにお任せしています。完全なるやさぐれ主婦ですが、そんな私は自分自身をとても大事に出来ています。

自分のメンテナンスにも手を抜かないようにしています。長年の不眠はメンタル・クリニックに相談しているし、更年期障害の症状については婦人科の受診をしています。時間も必要だし、面倒だと思うことも多いですが、「自分自身のメンテナンスを怠っていない」というその自信が、私を支えてくれています。なにがなんでも睡眠時間はキープしています。自分の好きなものにお金を使うことを、なによりのご褒美と考えて、日々仕事をこなしています。

今現在、更年期障害の症状で苦しんでいる方、悩んでいる方、どうしても気持ちが沈みがちな方は、よかったら私を思い出してください。自分自身を誤魔化し続け、重病で死にかけたけど復活し、本当の更年期が来たときにはすっかり開き直って、今日も家事の手抜きをしている中年女性の姿を思い描いて、是非イメトレしてください。いちばん大事なのはあなた自身ですから、あなたが幸せならそれでいいのだと忘れないでください。

自分がいちばん大事だからと割切って、ネガティブな思考は吹き飛ばしてしまいましょう。前を向いて、顔を上げて、「私がいちばん大事」と宣言しましょう。その先には、きっと穏やかな生活が待っているはずです。

「私が一番大事」(村井理子)
  • 村井理子 さん (むらい・りこ)

    翻訳家、エッセイスト

    自身の暮らしを綴ったエッセイが人気。著書に『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『実母と義母』など多数。

『クロワッサン』1114号より

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