「この歳になって幸せの感度が高くなってきた」。憧れの先輩、島田順子さんが輝き続ける理由。
人生の日々や経験を重ねて、さらに彩り豊かに進化する毎日とは。
撮影・目黒智子 文・綿貫あかね
2022年秋にパリで83回目となるコレクションを発表。ファッション界のレジェンド、島田順子さんは81歳の今もシーズンごとに新作を世に送り出している。
本業に加え、11月には新著『島田順子 おしゃれも生き方もチャーミングな秘密』を上梓。日本とフランスを行き来する忙しい日々のなかで、心が潤うのは、ここではないどこかへと思いを馳せることだという。
「最近楽しかったのは、スペインのセビリアでフラメンコを見るプランを立てたとき。
昔パリでプレスをしていた知り合いが、向こうでフラメンコのプロデュースや演出をしているの。それで著名なダンサーの公演を見に訪ねようとしていたところ、公演が中止になってしまって、私たちの旅も仕切り直しになりました。
残念だけれど、行く前に『あれを見て、そのあと美味しいものを食べよう』とか『あそこに行ってこれを見る』とか、計画を立てているだけでわくわくした。旅はそうやって想像するだけで心躍るものね」
実際に足を運ばなくても、スペインの太陽の光や色とりどりの料理、エキゾティックなフラメンコの舞台を頭に思い浮かべる。そういう些細なことが連れてくる小さな幸せを、歳を重ねた今はゆっくり味わえるようになった。
「幸せな瞬間は生活のあちこちにあるもの。例えば、温かくて滋味あふれるスープを飲んだとき。お風呂に入る瞬間も『いい気持ち!』と思うでしょう?
誰かに優しくしてもらったり優しくしたり。日々の暮らしでのそういう他愛のないことが、とても幸福に感じられます。たぶん、この歳になって幸せの感度が高くなってきたと思うんです」
体の声を聞く術を持ち、自然と回復させていく。
とにかく順子さんは常に自然体。健康を保つ秘訣は持っていないけれど、今ひとつ調子が整わない日は、無理せず寝て、体を休ませるのが自己回復法。心も体も“ざらざら”するときには、薬に頼らず生姜湯を作って飲む。その程度で、特別なことはほぼしない。
「普段の食事は野菜中心。とはいえオーガニックじゃないといけない、というようなこだわりは、あまり持たないようにしています。
体を動かすのはもっぱらゴルフね。パリ近郊のブーロンマーロット村に家があって、そこから車で5分のゴルフ場に友だちとよく遊びに行きます。
プレーの合間に森の木たちが放つみずみずしい空気を吸うと、胸の中が洗われるよう。ふと気づいたら散歩のように何キロも歩いていて、ひとりでに足腰が鍛えられています」
人間ドックは人生で2度しか受けたことがなく、それも最後に行ったのは20年ほど前。きっと、体が発する声に耳を澄ませる術を知っている順子さん。こんなところにも自然の流れに任せて自由に生きる姿勢が表れている。
根っからの楽天家。その性格が功を奏した。
家に人を招いたときは、手料理やさりげないテーブルセッティングでおもてなし。友だちの好物や苦手な食材は頭に入っていて、メニューはそれを踏まえて思案し、朝から市場へ行って旬のものを整える。短期間に同じ人が2度訪れたときは、前回とは別の料理を準備。そういう細かい心遣いや思いやりのある人柄は昔から変わらない。
「人と一緒に食事をするのは楽しいもの。普段はあまりお肉を食べませんが、誰かが来たときは自慢の“仔牛のブランケット”を振る舞うこともあります。牛肉に焼き目をつけてから煮込みますが、塊肉が手に入りにくい日本では容易に作れないのが残念ね」
反対に、友だちが手料理でもてなしてくれることも。あるときそのメニューがとても気に入って、思わず「これ、すごくおいしい。よくやったわね」と伝えたところ、後日電話で「あの言葉に胸打たれたのよ」と告げられた。
「彼女とは気が合うなと感じていたけれど、彼女もそう思ってくれていたことがそれでわかりました。相手を思いやりながら料理を作ると、気持ちが余計に深く染み込むのかもしれませんね。
お互いの心のうちにある尊いものを見つけ合うのは本当に素敵なこと。世界中に数えきれないほどの人がいるなかで、価値観が似た人に巡り合ったときの幸せは、言葉で言い表せません」
私は能天気な人間、とよく口にする順子さん。そういう性格だったから今までやってこられたと考えている。
「もちろん、長く生きてきてつらく苦しいこともたくさんありました。でもふと見上げたら、澄んだ青い空に白い雲がのんびり浮かんでいるのに気づいたり、うつむいたら健気に咲いている可憐な花を見つけたり。
その瞬間、知らず知らずのうちに気持ちが変化しているんです。さっきまでネガティブになっていた心を、パッとチェンジできるのは楽天家なおかげ。この性格に救われてきたんだなとつくづく思います」
誰でも若い頃は日常に隠れた小さな幸せを感じ取るのは難しい。けれど、ほんの一瞬の何かをきっかけに切り替える術を持てれば、光が見えてくる。
「よく考えるのですが、そういうときに楽器ができるといいんじゃないでしょうか。自分のために奏でることができれば心が楽になりそう。ここ数年、娘や孫のピアノの腕が上達しました。私も子どもの頃に習っていたからやってみたのですが、今は全然指が動かない。それでも、弾きたい気持ちが心の奥底でずっと疼き続けています」
『クロワッサン』1085号より
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