「 1日2切れのカマンベールチーズが認知症発症を抑制」、発酵食のチーズは偉い。
あらためて知識を深めたい。
撮影・小林キユウ 文・三浦天紗子
本間 他のナチュラルチーズ、たとえばブルーチーズなどでも、BDNFが見つかる可能性はありますか。
鈴木 充分あると思います。カマンベールの白カビの作用により産出されるオレアミドやβラクトリンといった物質の抗酸化作用も含め、青カビや他の食品でも研究が進むでしょう。ちなみに、発酵成分をよく食べる日本人は長寿ですが、実はフランスも長寿国ですよね。
本間 はい、チーズはフランス人の食生活に欠かせない発酵食品ですから。いまお話に出てきたブルーチーズを日本では「青カビチーズ」と訳しますよね。
でもフランスでは、食品が腐敗していくときにつくカビとチーズの中に忍び込むカビとは分けて考えていて、たとえば白カビチーズのカビはカンディダムという種類です。
ブルーチーズのカビはチーズによって違いますが、要するに菌種で、コウジ菌のように体にいいもの。なのにカビと訳してしまったために悪いイメージがつき、いまでも「カビを食べるの?」と苦手意識を持つ人は少なくありませんね。
鈴木 私はブルーチーズは大好きですが、どうやって青カビの菌をつけて独特の味にしていくのかが不思議で。以前から興味がありました。
本間 もともとは、チーズの中に菌叢(きんそう)が自然に入り込んで作られていました。いまは人工的に青カビの胞子を作り……たとえば、それ用に焼いたパンを専用の熟成庫に置いておくと、ポロポロ、サラサラのカビができるんですよ。そういうのを入れて作ります。私は特にゴルゴンゾーラ・ドルチェが好きなのですが、自分好みのブルーチーズを探すのも楽しいと思います。
チーズを介して、知的好奇心も刺激。
鈴木 先ほど、チーズと認知症の話をしましたが、骨粗鬆症予防など骨の健康から見ても、日本人はチーズや乳製品の摂取量が足りないんです。
本間 日本ではおそらくいま、ひとり当たり、年間3kg弱ぐらいでしょうか。でも、フランス人はその10倍は食べています。
鈴木 女性の場合、女性ホルモンが豊かなうちは骨の代謝はスムーズなのですが、閉経以降急速に衰えます。それで高齢になるほど骨粗鬆症リスクが高まります。中でも脚の付け根の大腿骨頸部骨折は、生活そのものが変わってしまうほど厄介です。
整形外科的には手術などはかなりうまくできるのですが、治療したら元どおりになるというものではなくて、骨折をきっかけに、立ったり歩いたりといった生活機能が失われてしまう高齢の方はとても多い。なので、予防には、乳製品でカルシウムを、陽にも当たってビタミンDを、しっかり補給する必要があります。
本間 私は毎日チーズを食べていますが、それでも骨密度は心配です。
鈴木 フランス人に、いま以上に乳製品を食べろと言っても難しいでしょうが(笑)、日本人には充分伸びしろがあると思います。カルシウム吸収率から見ても、小魚や野菜などからより乳製品のほうが効率がいいですから。
本間 日本では、病院にしても、高齢者施設にしても、まず食事中にお酒は出ませんよね。健康上の理由で飲酒厳禁ならもちろんダメですが、食事にお酒がちょっとつくくらい、楽しみとしてあっていいのではないかと思いませんか。フランスの施設ではワインが出たりしますし、そこが全然違います。高齢者でも、そんなふうに、ちょっとチーズとワインを嗜むような機会がもっとあってもいいのにと。
鈴木 おっしゃるとおりです。乳製品や適量のアルコールには健康上のメリットもありますし、そういう楽しみはなんといっても脳の活性化になります。自分の好きなことや好きなものを探求すること。社会や人とずっと繋がっている実感。「これは何だろう」「面白そうだな」という知的な好奇心が、認知症予防には不可欠です。
本間 チーズを知ることやチーズを誰かと一緒に楽しむことが、そういうきっかけになるならうれしいですね。
●フェルミエ愛宕(あたご)店
フランスやイタリアなど各地から空輸されるフレッシュなチーズを常時200種類ほどストック、販売。チーズが楽しめるカフェも併設。
まず試すなら、おすすめナチュラルチーズ。
(1)Valençay ヴァランセ(フランス)
ヤギの乳から作られるシェーヴルチーズ。名前はロワールのヴァランセ城があるヴァランセ村に由来する。春から晩秋にかけてが旬。外皮は灰がまぶされており、若いうちは酸味があるが、熟成にしたがって締まって旨味が増す。シェーヴルの定番パートナーは辛口白ワイン。同郷のワインをぜひ!
(2)Comté コンテ(フランス)
フランス東部ジュラ山脈一帯で作られる、フランスの国民食的なハードチーズ。ナッツのような豊かな香りとクセのない後味があり、熟成によって味わいが異なる。若いものはチーズフォンデュやグラタン、クロックムッシュなどの料理に、熟成したものはそのままワインとともに楽しみたい。
(3)Époisses エポワス(フランス)
ブルゴーニュのエポワス村に住み着いたシトー派の修道士によって作られたウォッシュチーズ。19世紀にはパリに運ばれ、食通のブリア・サヴァランが「チーズの王様」と絶賛した。オレンジ色の表皮は香りが強いが、中身はねっとりとクリーミー。ブルゴーニュの赤と合わせて。日本酒もおすすめ。
(4)Brie de Meaux ブリー・ド・モー(フランス)
円盤形の白カビチーズ。名前はフランス・イルドフランスのブリー地方のモー村から。世界的に有名なカマンベールはブリーの技法がもと。ナポレオン戦争後のウィーン会議で「チーズの王様」に選ばれたという輝かしい経歴を持つ。上品で繊細でクリーミー。上等なワインやシャンパンにぴったり。
(5)Gorgonzola ゴルゴンゾーラ(イタリア)
イタリア北部・ロンバルディア州のゴルゴンゾーラ村を故郷に持つ、世界三大ブルーチーズの一つ。マイルドで初心者にも食べやすい「ドルチェ」(写真)と、青カビのピリッとした刺激が味わえる「ピカンテ」がある。はちみつや洋ナシ、イチジクと好相性。甘口白ワインや赤ワインと。
(6)Parmigiano Reggiano パルミジャーノ・レッジャーノ(イタリア)
イタリアを代表するハード系チーズ。法律では12カ月熟成を過ぎて検査に合格すれば出荷できるが、一般的には24~36カ月の熟成したものが流通している。おろしてパスタにかけるほか、薄く削ってサラダにのせたり、あるいは「かち割り」にしてそのまま味わうのがおすすめ。
『クロワッサン』1083号より