「何げないことも幸せに感じる」、料理研究家の松田美智子さんと犬のググくんとの暮らし。
撮影・鍋島徳恭
愛情ホルモンが出たようで何げないことも 幸せに感じたり、毎日の散歩で新しい発見も。
松田美智子さん
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ググくん(1歳)
マンションのエレベーターから降りた途端、キャラメル色の大きなぬいぐるみが目の前を飛び跳ねていった。松田家のググくん、1歳の男の子である。
「お客さまがいらっしゃるとしばらくは喜びの舞なのよ、しばしご覧ください」と笑う松田美智子さん。ふわふわ、もこもこの塊がまりのようにリビングをかけまわる。ラブラドゥードルという種類で、ラブラドールとプードルなどをミックスした犬種なのだそう。
「ずっと犬を飼いたいとは思っていたんです。でも仕事で出張することも多く、なかなかタイミングが合わなくて。夫を亡くしてから早7年。一人で暮らすペースも掴めてきたこともあり、犬を飼うなら自分が面倒を見られる年齢のうちに、と思って去年の秋に飼うことにしたんですよ」
自宅で料理教室を行う松田さんにとって、家の空間が犬中心になってしまうのは避けたいことだったという。
「玄関を開けてすぐ、あ、犬がいる、とわかるようにはしたくなかったんです。今までの生活パターンと、人間の暮らしをきちんと守ることは必要」
躾はきっちりし、家のにおいにも最大限気をつけている。寝る場所ももちろん別。犬とヒトとでなんでも一緒は違う、と言う。松田さんは背筋の伸びた、自分に厳しい人だ。それは料理に表れているし、丁寧な暮らし方を見てもわかる。しかし「ググちゃん〜こっちよー」と呼ぶ声は限りなく甘い。
「いい歳で飼い始めましたね」。 内科の先生が言ったひと言。
近くには大きな公園がある。毎日の散歩は朝夕の2回。日々8キロから10キロは必ず歩いている。
「近くの病院が循環器科もある内科なのですが、先生にはちょうどいい歳で飼い始めましたね、と言われました。65歳というのは歩く距離や運動量が減っていく年代なのかもしれないですね。そして、コロナ禍で運動不足になる人が多いと聞くけれど私は逆。40分ほど歩いて、ちょっと汗ばみながら帰ってきて、そのままシャワーを浴びてしまいます。新しい生活のリズムができたかもしれません」
近所を歩くことで、近くの農家が催しているぶどう狩りに行ってみたり、無人の野菜販売を覗いたりするのも楽しみに。どんぐりやくぬぎの実が落ちているのに目をやるようになったのも、ググくんとの散歩があってこそだ。
「歩いていると、見知らぬ家の植栽や垣根を見て勉強になることも多いんです。素敵だなあと思うことは、我が家はマンションながらテラスで真似をしてみたり。以前は車で移動することがほとんどで、近所をゆっくり歩いて見ることなんてありませんでした」
そして、家の中には松田さんがどんな時にもググくんと快適に過ごせるように用意したものがある。
一つは避難用のリュックで、いざという時に仮のケージにもなるもの。手が使えるし、災害時に足元に割れ物があったりしても犬に怪我をさせることがない。
また、書斎の下のケージは何度も選び直してやっとちょうどいいものが見つかった。ググくんも松田さんの書き物の仕事中に近くにいられるからか、これは気に入ったのだそう。現在、松田さんは、近々発売されるお寿司の本の原稿チェックも忙しい。そんな時、足元でくつろぐ温かな存在に心が癒やされる。
「いたずらもするけれど、やっぱり動物の愛らしさ、憎めなさってほかにはないものですね。元気で長生きしてほしい。動物を飼うって命の責任を背負うことね。私も負けずに元気でいないといけないですね」
『クロワッサン』1056号より
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