伝統文化の世界で活躍中の貴公子、文楽太夫・豊竹咲寿太夫さん。「『切り場』を語れるまで何十年もかかります」。
撮影・山本 嵩 文・近内明子
文楽の太夫を目指す場合、国立文楽劇場の研修を経て成人してから入門する人が多いなか、豊竹咲寿太夫さんは中学1年、わずか12歳で豊竹咲太夫師の弟子として文楽の世界に入った。
「地元大阪市の小学校の総合学習で、文楽を学ぶカリキュラムがあったんです。プロの三業である人形遣いの桐竹勘十郎さん、太夫の豊竹咲甫(さきほ)太夫さん(現・竹本織(おり)太夫さん)、三味線の鶴澤清馗(せいき)さんが来てくださって、発表会に向けて子どもたちを指導していただきました。
その時僕が選んだのは、太夫。自分の語りで物語をドラマチックに表現することに惹かれ、無邪気に織太夫兄さんの楽屋に遊びに行き始めて(笑)。そんなに好きならやってみるか?ということで文楽の世界に入りました」
現在、人形浄瑠璃の太夫は全国で約20人程度。太夫、人形遣い、三味線の中で、もっとも難易度が高いのが太夫だとされている。
「浄瑠璃はドレミの音階ではないですし、音譜がなく独特の節を口伝えで聞いて覚えなくてはなりません。しかしどうしてもドレミの音階になってしまい“それは唱歌や”って怒られたことも多々。何百とある節をすべて基礎から覚えて、切り場と呼ばれるメインの場面を語れるようになるのに何十年もかかります。
長い道のりには見えますが、それは意外に短くて。20年後には、いま師匠や兄弟子がやっているレベルにたどり着かなければならないことを考えると、不安ばかりです」
文楽を一般に広めるために、有名な演目のあらすじなどを解説する動画チャンネルも開設。人気の太夫としてメディアに注目されるが、本人はあくまでも飄々と軽やか。実家のウサギを愛でたり、宝塚ファンも公言する。
「文楽は歌舞伎の演目とかぶるものが多いんです。封建社会の上下関係に武士が苦悩する姿や、夫の浮気に悩む妻の感情などをきめ細かく描いている。親しんでいただけたらうれしいです」
『クロワッサン』1054号より
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