くらし

早替わり、ぶっ返り、宙乗り…。歌舞伎の醍醐味を味わう傑作7選。

  • イラストレーション・辻村章宏 文・佐藤博之

斬新な振付【黒塚(くろづか)】

安達ケ原で糸繰りをしながら日がな一日を過ごす老女・岩手。そこへ一夜の宿をと旅の高僧が訪ねてくる。久しぶりの"もてなし"に喜び、月夜に踊り出す。

【一夜の宿を頼んだ高僧に、人を食らう安達ケ原の鬼婆が襲いかかる舞踊劇。】

もとは能にある安達ケ原の鬼婆の伝説です。高貴な僧が一夜の宿を老婆に頼むところから物語は始まります。寝屋だけは覗いてくれるなと言い残し、老婆は薪を拾いに出かけます。

一面の薄(すすき)が原。見事な望月に気が軽くなった老婆は杖を片手に陽気に踊り出します。帰路、覗くなと言われた寝屋を見て、あわてふためいて逃げてくる僧の手下・強力と鉢合わせた老婆は、「覗いたな」と刹那に本性を現します。

鬼女に変化し、逃げる高僧らを追いかけてくる岩手。高僧は不動明王の呪文を唱え、ついに鬼女を祈り伏せます。

初代市川猿翁がロシアンバレエから取った躍動的な振付が観る者の心に残ります。

手をつかず、直立したまま前に倒れる“仏倒し”は、鍛錬を積んでいないと大ケガを負う荒技です。

大掛かりな仕掛け【東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)】

妻・岩に愛想を尽かしていた民谷伊右衛門は、隣家の伊藤喜兵衛の孫娘・梅からの求婚を受け入れます。喜兵衛からの毒薬で岩の顔は腫れ、悶絶し、絶命します。

【“四谷様”と今もあがめられる有名な“お岩さん”の復讐譚。】

“お岩さん”で有名な怪談。商家の娘に言い寄られた民谷伊右衛門は、欲に目がくらんで乳飲み子を抱える妻・岩を亡き者にしようと企みます。

見どころは、岩の髪がごっそり抜け落ち、顔がたちまち崩れる“髪すきの場”と、岩が絶命した後、幽霊となって夫に復讐する数々の大仕掛けです。

幽霊となって伊右衛門に復讐する岩。祝言の夜、化けて出てきた岩の首を落としたと思った伊右衛門ですが、死んだのは岩に取り憑かれた梅でした。

大提灯がパッと燃え、その中からお岩さんが急に飛び出してくる仕掛けは、大きな箸箱のフタをスライドするかたちで行われます。

“仏壇返し”は、仏壇にもたれかかった悪役を、急に現れたお岩さんが、中に引きずり込んでいくもの。今見ても目を奪われるイリュージョンのような仕掛けの数々は、すべて江戸時代に考えられていたのです。ほかにも早替わりの“戸板返し”など見どころがたくさん。

スリリングな展開【恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)(封印切(ふういんいきり))】

相思相愛の遊女梅川と忠兵衛。横恋慕した八右衛門が梅川を身請けしようとします。忠兵衛は負けじと手をつければ死罪となる公金の封印を切ってしまうのです。

【究極の愛を描いた上方歌舞伎の代表作。メンツを潰された男がとった驚愕の行動……。】

男女の切ない恋模様や心中物を得意とした近松門左衛門。

大坂の飛脚問屋の養子・忠兵衛は、ひょんな出会いから遊女・梅川と相思相愛の仲になります。

それに横恋慕した飛脚問屋仲間の八右衛門が、金に詰まった忠兵衛を横目に梅川を身請けしようとします。

忠兵衛に金がないのを知った梅川は何ということをしてくれた、と彼を責めます。行く場所のない二人は忠兵衛の故郷・新口村へ死出の旅路に出るのです。

梅川を手放したくないばっかりに、その場に居合わせた忠兵衛は懐に預かっていた手をつけたら死罪となる公金を取り出し、封印を切ってしまう。命よりも恋を選んだ忠兵衛の行為に、観る者はハッとさせられます。

晴れて夫婦となった二人。しかし、その先に待つのは死しかありません。雪の中、二人は忠兵衛の故郷・新口村を目指し、死出の旅路に出るのです。

驚きの宙乗り【ヤマトタケル】

【三代目市川猿之助を世界のENNOSUKEにした新作歌舞伎の代表作。】

2年ものロングラン公演を重ね、三代目猿之助(現・猿翁)が“スーパー歌舞伎”という新ジャンルを確立した伝説の作品。

兄殺しの罪で熊襲(くまそ)平定を命じられた小碓命は、平定後、ヤマトタケルを名乗ります。しかし山神退治に草薙剣(くさなぎのつるぎ)なしで出掛け、都を目前に瀕死の重症を負う。

後にヤマトタケルとなる主人公の小碓命(おうすのみこと)には、邪悪な野心を抱く双子の兄・大碓命(おおうすのみこと)がいました。帝に気に入られている小碓命を亡き者にしようと、ある日大碓命は弟に斬りかかります。

妻子の待つ都を目前に、足が三重に曲がり、ついに絶命するヤマトタケル。白鳥に化身したタケルは夢を追い続けるため、飛び立ち、天翔けるのです。

争い合う兄弟が舞台中央の柱の後ろを廻って出てくると、あら不思議、先ほどまで弟を演じていた猿之助が兄になっている。また柱の背後を廻ると、弟に戻っているのです。

炎や雪などをケレン味溢れる演出で魅せる。歌舞伎では日頃行われないカーテンコールに応える猿之助に、客席で見ていた十七代目勘三郎は興奮して客席の上に立ち上がって惜しみない拍手を送ったといいます。

『クロワッサン』1054号より

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