くらし

【歌人・木下龍也の短歌組手】表記を工夫して短歌を魅せる。

〈読者の短歌〉
イヤホンで生活音を遮断してぼくが世界を置き去りにする

(瑠璃紫/女性/テーマ「音」)

〈木下さんのコメント〉
受動的に世界から置き去りにされてひとりになれば孤独だろう。けれど能動的に世界を置き去りにすれば同じくひとりだが、それは決して孤独ではなく、孤高だ。

〈読者の短歌〉
本日の射手座は1位と思い込め。たとえ★☆☆☆☆だったとしても

(からあげ/女性/自由詠)

〈木下さんのコメント〉
「★☆☆☆☆」で星1(ほしいち)と読むんですね。表記の工夫がすばらしいです。他の星座は星0.1とか星0.5だと信じて健やかな1日を過ごしましょう。

〈読者の短歌〉
とうきみの匂いするって東京の部屋で言われて嗅がれる裸

(赤片亜美/女性/テーマ「匂い」)

〈木下さんのコメント〉
最後の3文字を「頭」や「おでこ」などの一部分ではなく、また「身体」ではなく「裸」とすることよってふたりの親密さを読者に伝えると同時に、自身を「裸」として捉えるその客観性を通して、この関係について主体としてはすでに冷めている、という印象も与えてくる巧妙な1首でした。とうもろこしの方言なんですね「とうきみ」って。地方の温かさと都会の冷たさという多くの人の頭の中にあるテンプレを使って、ふたりの温度差というようなものも表現しているのだろうと思います。

〈読者の短歌〉
救急車のサイレンがうるさい。なぜわたしは死んでいないのだろう。
(小路四葩/女性/テーマ「音」)

〈木下さんのコメント〉
日本では1日あたり平均3000人以上が亡くなっている。なのに「なぜわたしは」ということなのだろう。数字にすれば遠い死も、サイレンとして聞けば身近で、だからこそ「なぜわたしは」ということなのだろう。救急車のサイレンの先に、他者の死があるかもしれないのに「うるさい」と感じてしまうわたしが「なぜ」。「なぜ」に答えはないだろう。ただの幸運なのかもしれない。我々はたまたま長らくその幸運にしがみついていて、しがみついていることも忘れて、けれどたまに他者の死によってそれを思い出し、しがみつく両手にぐっと力を込めなおすだけだ。

〈読者の短歌〉
耳の穴からそっと抜き出した鈴虫をもういいよと外に出す
(なすび/女性/テーマ「音」)

〈木下さんのコメント〉
どうやらこの「鈴虫」はイヤホンの暗喩ではなさそうで、まじの「鈴虫」っぽくて、妙に慣れた手つきも怖いです。「外」を「庭」に変えてみると映像的に想像しやすいかもしれませんね。

どんどん短歌を作って応募してください!(撮影:木下さん)

木下龍也
1988年、山口県生まれ。2011年から短歌をつくり始め、様々な場所で発表をする。著書に『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』がある。

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