くらし

コロナ後の日本についてゆっくり話そう。【パトリック・ハーランさん×長塚圭史さん 対談】

  • 撮影・高橋マナミ スタイリング・水野秀彦(パックン) ヘア&メイク・橋本 杏(パックン)、谷口ユリエ(長塚さん) 文・澁川祐子 撮影協力・プーク人形劇場

パックン シェイクスピアの時代は、ちょうどイギリスとアメリカの発音が分かれていった頃なんです。「母音シフト」といって、イギリスでは母音の発音が少しずつ変化して。シェイクスピアの戯曲には韻を踏むポエムがけっこうあるんですが、今のイギリスの発音だと韻を踏まない箇所がけっこう出てくる。なのに今、アメリカ人がシェイクスピアを演じる時は、当時のイギリス英語の発音でやるんです。

長塚 戯曲の言葉には、必ず歴史や時代背景が映し出されるものですよね。

「これまで戦前の戯曲はほとんど顧みられてこなかったんです。」長塚さん

古典に向き合って歴史をリアルに捉え直す。

長塚 三好十郎という作家が1930年代に書いた『浮標(ぶい)』という戯曲があります。検閲が入り、戦争に行きたくないのに戦争を礼賛しなくちゃいけない。ものすごい葛藤の中で言葉を紡いでいます。のちに彼は戦争を後押ししたことを死ぬほど悔いて、大反省の戯曲をどんどん書き始めるんです。当時の戯曲に向き合うと、その時代にこの国が抱えていた問題や世界的な立ち位置が浮かび上がってきます。

パックン しかも数百年前の劇でも、今の時代に通じる面が多いですよね。飲み物とか乗り物とかディテールはもちろん違うけれど、人と人とのやりとりを見ると「人間社会って変わんないな」と。『ロミオとジュリエット』は、ロミオへの伝言を伝えるはずの修道士が、当時流行していたペストのために足止めされて悲劇が起きます。世界のあちこちで都市封鎖が行われている今になってその話を聞くと、初めて知った高校生の時よりもしっくりくる。次に『ロミオとジュリエット』の舞台を見た時の感動は違うはずです。

長塚 絶対に違いますね。先の三好十郎が戯曲を書いていた時代は、結核との闘いです。「神様がいるなら、結核菌は誰が作ったんだ」というようなセリフがあって。

パックン 「歴史は繰り返す」ですね。

「自分たちの歴史を知らなければ、海外作品をどう上演するかなんてわからない」(長塚さん)

苦境の今こそ演劇界を変えるチャンス。

パックン コロナの影響が大きいのは確かですが、それ以前から演劇界はチケット代は高いのに、食えている人はごく一部という状況でしたよね。

長塚 日本の演劇界の現状に、1990年代から映画やテレビのスターの出演が当たり前になったことがあります。「お客さんが入る演劇=有名人が出ている演劇」になり、結果としてギャランティが高騰したことも一因です。

パックン なるほど。その上にコロナの打撃がきましたね。お笑いの世界も営業中心の芸人は本当に厳しい状況です。

長塚 どうにかここを耐えて、みんなを守るためにルールを作っていく必要があると思っています。今はユニオンもなければ、公共劇場でさえ中止の時の補償をどうするかといった、そもそもの準備がなされていません。少なくとも公共劇場は最低賃金を設定して、補償制度も確立してほしい。大金が稼げるわけじゃないけれど、自分の身を守りながら落ち着いてクリエイションできる場を公共劇場が提供できれば、その意識が民間の劇場にも波及していくと思います。

「Zoom(ビデオ会議)だけで展開するような斬新な作品が生まれるかも」(パックン)

パックン おっしゃるとおり、今は制度化のチャンスですね。あと日本の演劇界にちょっと参加して気になったのは、やりがいの搾取。「8時にみんな集合」と集めておいて、2人だけが演技して、それ以外の人は6時間ぐらい暇を潰していて。非効率なやり方もけっこう蔓延していると思うんです。

長塚 演劇と働き方改革は相性が悪いとよく言われますが、根性論がはびこっている演劇界の体質を改革するにはいい時期なんです。欧米ではちゃんと朝からやって夕方には終わって、ユニオンもありますから。「結婚を諦めろ」ではなく、子育てしながらも職場に戻れるような道をきちんと作っていくきっかけになればいいですね。

「昭和の働き方は令和でおしまいにしたいですね。」パックン
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