『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』著者、大前粟生さんインタビュー。
撮影・黒川ひろみ(本) 北尾 渉(著者)
「言葉にできないしんどさをぬいぐるみと」
人以外のものと「何かをしゃべること」を軸に、4つの中短編をまとめた一冊。表題作は、担当編集者から著者の大前粟生さんに、「全身全霊で女性差別に傷つく男の子の話を書いてほしい」と依頼があって生まれた。
「自分は直接関係がなくても性差別、暴力などの話を見聞きするとつらくなって体調を崩してしまうタイプでした。でも今まできちんと言語化してこなかったから、自分の考えを言葉にするのは難しかった。しんどさをうまく言葉にできないことで新たに生まれる、別のしんどさをどうするか、考えるうちに設定を思いつきました。ぬいぐるみなら、漠然と思いを共にしてくれるんじゃないかと」
表題作の主人公「七森」は、ぬいぐるみサークルに所属する男子大学生。表向きは愛好会だが、実際は部員たちが人に話せないことをぬいぐるみに聞いてもらう場だ。
〈つらいことがあったらだれかに話した方がいい。でもそのつらいことが向けられた相手は悲しんで傷ついてしまうかもしれない〉
登場人物たちは傷つきやすい分、懸命に相手を傷つけないよう気を使いあう。他の部員がぬいぐるみに話している内容を聞かないようにするため部室では遮音用のヘッドホンをつけるルールが。
「人を傷つけないでいようと思うと、人とコミュニケーションを取らないことが一番楽で効果的な方法です。でもそのやさしさは同時に人に興味がない無関心に転じてしまう。やさしさの呪いですね」
今まで、男性も生き方のパターンが少なかったと思う。
サークル内でぬいぐるみとしゃべらないのは七森と彼の親友「麦戸ちゃん」だけだった。しかしある日を境に彼女は姿を見せなくなる。そんな中、かねてよりみんながしている恋愛をしてみたい、と思っていた七森は仲のよかった別の女の子に告白をする。
〈告白してみたら、自分が相手にとって異性になってしまったって七森は気づいた。男が女の子に恋愛的で性欲的な、しかも告白っていうアクションを起こすと、相手をこわがらせたり傷つけたりしてしまうかもしれない〉
「女性差別は男性の加害者が多いですよね。自分は男性として育ってきたので、直接加害をしていなくても加害者のメンタリティと繋がる部分があるかも、と罪悪感があります」
女性の声が取り上げられる昨今だが、一方で男性の生きづらさも忘れてはならないだろう。
「今まで、男性の生き方もパターンが少なかったと思います。出来上がった家父長制社会や権力と、共犯関係を結んで生きるしかなかった。そこから外れるようなことは、声をあげにくい状況です」
今作には、社会に溢れる「男らしさ」や「女らしさ」に傷つく七森の感情の変化が描かれている。
「この話を好きになってもらう必要はないですが、同感ではなく、思いを馳せるという意味で、共感をしてもらえたらうれしいです」
『クロワッサン』1021号より
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