くらし

南極について、ゆっくり話そう。【阿部雅龍さん×渡貫淳子さん 対談】

巨大な氷の大陸、南極。
私たちの日常とかけ離れた世界に考えさせられることが多くあります。
  • 撮影・青木和義 文・嶌 陽子

僕と同じ秋田出身の探検家、白瀬矗の夢を継いだ南極点到達を目指します。(阿部さん)

私も応援しています。とても難しいルート、無理をせず、ご安全に。(渡貫さん)

(左)渡貫淳子さん 第57次南極地域観測調理隊員 (右)阿部雅龍さん 極地冒険家

南極がテーマの今回は、前回の北極対談に続き冒険家の阿部雅龍さんが登場。今年1月、南極点に単独で徒歩到達しました。お相手は2015年から約1年半、第57次南極地域観測隊に調理隊員として参加した渡貫淳子さん。それぞれが体験した南極とは?

渡貫淳子さん(以下、渡貫)私が観測隊の一員として滞在したのは昭和基地とその周辺。阿部さんが歩いた場所とはかなり離れていますね。同じ南極といっても、なにせ面積は日本の37倍。昭和基地から隣の基地に行くにも3週間はかかりますから。

阿部雅龍さん(以下、阿部) 僕は去年11月から今年の1月にかけて、メスナールート(下の地図参照)で南極点まで歩きました。次の目標が「しらせルート」。約100年前に同郷の秋田県出身である白瀬矗(のぶ)という人物が南極点到達を目指したけれど、叶わなかった。その夢を継ぎ、彼が計画していたルートを歩いて南極点に立つことが、子どもの頃からの夢なんです。

渡貫 白瀬さんが途中で引き返した「大和雪原(やまとゆきはら)」から出発するわけですね。

阿部 片道最大1300kmになる予定です。途中に山脈もあり、クレバス(氷の割れ目)や棚氷も多い。かなり難しいルートになりそうです。

南極点までの到達ルートと昭和基地

地球上の氷の9割がある南極大陸。1959年に締結された南極条約により、領土権の主張や軍事利用は禁止されている。

渡貫 それでも実現したいのは、「白瀬矗の夢を継ぎたい」という目標があるからなんですね。私も、なぜ南極へ行きたかったのかとよく聞かれますが、未だに明確に言葉にできなくて。でも、南極への憧れというよりも、職場としての魅力を感じたのは確か。南極で働く人たちに、自分の作った食事を提供したいと思ったんです。

阿部 渡貫さんは、組織の一員として長期間、南極にいた。僕は集団行動が苦手なので尊敬しますね。

渡貫 個性的な人たちが長期間一緒に過ごしていると当然揉め事も起きますが、私にはそれも含めておもしろくて。阿部さんはずっと一人でいて、決断も全部自分でするから、それがすごいなあと思う。約2カ月間ずっと一人でいて、寂しくないですか?

阿部 冒険中は、あまり人と話したくなくなるんですよね。ただ、去年はaibo(※犬型ロボット)をお供に連れて行きました。

渡貫 ええ! 自分でそりを引いて歩くから、できるだけ荷物は少なくしていると思ったのに、aiboとは。

阿部 それから篠笛(しのぶえ)も趣味なので、持って行って吹きました。南極点では手作りのヌンチャクも振ったんですよ。

渡貫 ヌンチャクも!(笑)

撮影が行われたのは、1956年に日本初の南極観測船として南極へ行き、以後6回にわたり南極観測に従事した船「宗谷」。今は東京・品川の「船の科学館」にて展示中。
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