土地を愛して、縛られない。自由で軽やかな海辺の生活。
撮影・MEGUMI(DOUBLE ONE) 文・平井莉生
「グッデイコーヒーの美穂さん」そう呼ばれる居心地のよさ。
御前崎で暮らし始め、コーヒーショップ『グッデイコーヒー』を始めたのは、人見さんに「何かしたいことはないの?」と言われたのがきっかけだった。
「そのときはどうしてそんなこと言ったんやろうなぁ」と笑う人見さんの横で、野崎さんが教えてくれた。
「ちょうど御前崎での生活も落ち着いてきたころでした。彼にそう聞かれて、咄嗟に口を突いて出たのが『コーヒー』。もともとコーヒーは飲むのも淹れるのも好き。さらにスタイリストの仕事と違い、小さなスペースと道具と豆さえあれば焙煎できる。それならどこでもできていいなと思ったんです」
高級なスペシャルティコーヒーではなく、毎日飲めるけど特別なコーヒーを作りたい。そこからは強い思いで豆の選別から焙煎、淹れ方まで、独学で習得。
「学校に通う授業料の分だけ、コーヒーを焙煎したらうまくなるだろうと思って、自分で挑戦を重ねました。そうしているうちにサーフィン仲間だった製材所の社長が、自分が所有する敷地の片隅にある小屋を『使ってみたら?』と声をかけてくれて、『グッデイコーヒー』をオープンしました」
今ではサーフィン仲間だけではなく、地元の老若男女が集う店に。店を訪れた野崎さんの友人が「この間、だんなが鯛を釣ってきてちょうどよい塩梅だから今晩持っていくね」と言えば、「うちに譲ってもらった立派なカブがあるからそれを持っていってよ」と野崎さんが返す。こうしてあっという間に、その晩の食卓に並ぶ料理が決まる。
「場所を貸してくれたり、畑の野菜を譲ってくれたり、釣った魚を届けてくれたり……。こうして考えると周りの人に助けてもらってばかり。御前崎の人たちは、東京から来た私のことを受け入れてくれて、今では『グッデイの美穂さん』と呼んでくれる。それが心地よいんです」
終の住処はまだ決めず、心のままに暮らす場所を選ぶ。
充実した御前崎での暮らしを愛する野崎さんだが、冬が訪れればこの地を離れる。人見さんが営むスノーボードショップのために、冬から春の間は白馬乗鞍へと暮らしの拠点を移すのだ。
「まさか自分が雪の中で暮らす日が来ようとは。でも冬の白馬乗鞍はすごくいいんですよ。サーフィンを生涯続けるのは難しいかもしれないけれど、スキーなら続けられるかもしれない。80歳で毎年白馬に通っているご夫婦もいます。今の家は御前崎にあるけれど、終の住処は白馬乗鞍になるかもしれない。でもそれはまだ決めていません。コーヒーはどこでも淹れられるしね」
野崎美穂(のざき・みほ)さん●スタイリスト、コーヒーロースター。1991年にスタイリストとして独立。現在はスタイリストの仕事も続けながら、コーヒー事業や、パートナーが営むスノーボードショップにも携わる。
『クロワッサン』1001号より
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