きもの著述家・山崎陽子さんの着物の時間──50代で着物に出合い、大きく、深く、人生が広がって
撮影・青木和義 ヘア&メイク・福沢京子 着付け・奥泉智恵 文・西端真矢 撮影協力・可視化飯店
故郷の小倉織の帯に、一番私らしい格子模様の結城縮を合わせて
ファッション誌編集者を経て、50代から着物生活を始め、今では著書、そして「きものお話会」と題したトークショーなどを通じて、着物の楽しさを伝えている山崎陽子さん。今年でちょうど12年目というその着物暮らしの歩みは著書などでずいぶん語られているが、今回は、中でも特に心に残る二つの出会いについて話してくれた。
第一の出会いは、西陣の老舗織元『藤田織物』社長の藤田泰男さん。紬を中心とした山崎さんのふだん着物のおしゃれがSNSで評判になり、初めての著書『きものが着たくなったなら』を上梓した直後のことだった。
「私の本をお客さまに薦めたいから、まとめて購入したいと連絡をくださったんです。本を出版したといっても、その頃の私は着物歴5年ほど。まだまだひよっこだということは、自分が一番よく分かっていました。そんな時に、今の時代に等身大のスタイルがとてもいいと評価してくださり、大変励まされました。藤田さんの帯は、地の糸にさらに太さの違う糸をぽこぽこと織り込んだ立体的な表現をされていて、江戸時代創業の老舗なのにとても新しい。同じ精神で私を受け入れてくださったのだと思います」
そしてもう一つの出会いは、福岡県北九州市の伝統織物・小倉織の作家、築城則子さん。山崎さんの中学、高校(部活も同じ!)、そして早稲田大学第一文学部の先輩でもある。
「築城さんは、昭和初期に途絶えてしまい、幻といわれていた小倉織をたった一人で復元再生した素晴らしい作家です。ちょうど本を出版した頃から、私は、ただ闇雲に着物を揃えるのではなく、作り手の思いや制作の背景まで理解した上で着たいと思うようになっていました。その中で小倉織と築城さんを知り、やがて親しく交流もいただけるようになって、自分の故郷にこんな素敵な織物があり、先輩がいることがとても誇らしかった」
その築城さんの小倉織の帯を、今日、山崎さんは締めている。やわらかな優しい色調ながら、もともと武士の袴の織物だっただけに、一筋一筋の縞がきりりと際立って美しい。
「合わせたのは結城縮です。私は格子模様の紬が好きで、中でもこの大人かわいさのある色合いに一目惚れして、染織サロン『シルクラブ』でオーダーしました。織っている過程も見に行かせてもらったんです。帯揚げは東京の老舗着物店『染織工芸 むら田』店主で、昨年亡くなった村田あき子さんが手ずから染めたもの。三分紐は江戸組紐『中村正』四代目の中村航太さん、帯留めは木工作家・佃眞吾さんの作です。実は半衿もオーダーメード。真っ白のぴかりとした半衿がどうも気になるようになって、紙布織の作家・妹尾直子さんに花織で織っていただいています」
築城さんと出会って、自分の中の故郷へのわだかまりが姿を変えていった、と山崎さんはぽつりとつぶやいた。
「実は、少女時代からずっと小倉のバンカラな気風に反発を感じて、逃げるように上京しました。でも、緯糸が見えなくなるほど密に経糸を織り出す縞を見ていると、自分の中にも故郷のスピリットがあるように思い始めました。無骨でぶきっちょでおべっかが使えなくて。そんなことに気づかされたのも、小倉織のおかげ。着物に出合えていろいろな気づきがありました。ありがとう、という気持ちです」
『クロワッサン』1153号より
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