機能低下に抗う力を伸ばし、認知症を予防──脳の最強メンテナンス!
撮影・北尾 渉 イラストレーション・イオクサツキ 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸
機能低下に抗う力を伸ばして、認知症を予防する
押さえておきたい「認知症」の定義と種類。
「認知症とは、さまざまな原因により日常生活に支障が生じる程度にまで認知機能が低下した状態のこと。ただしその程度には幅があり、認知症かどうかの診断は医師によっても分かれるのが現状です」と、神経内科医の長田乾さんは話す。
認知機能とは、記憶力、言語能力、注意力、集中力、自発性、空間認知力などを含んだものだが、認知症かどうかを判断するにあたり、これらの機能と同じくらい重視するのが“生活機能”だ。長田さんはとりわけ“手段的日常生活動作”に注目している。
「手段的日常生活動作とは、日常生活を送るうえで必要な、やや複雑な動作のこと。食事の支度、家事、洗濯、服薬管理、電話、交通手段の利用、金銭管理、買い物の8項目があります。たとえば、今まで銀行のATMを使えていたのに使い方が分からなくなった、買い物に行くたびに同じものばかり買って溜め込んでしまう、一人でバスや電車に乗って出かけられなくなる。このような状態になった時に認知症と診断することが多いです」(長田さん)
認知症の種類はさまざまだが、7割近くを占めるのがアルツハイマー型認知症。脳の中にアミロイドβというたんぱく質が溜まることがきっかけで発症する。物忘れや、物事を計画し、順序立てて進めるのが困難になる“実行機能障害”など、さまざまな症状が出る。
そのほか、脳卒中を起こした後に発症する血管性認知症、幻覚が見えることが特徴のレビー小体型認知症、初老期に起こりやすく、若年性認知症の原因として挙げられる前頭側頭型認知症、パーキンソン病型認知症などがある。
アルツハイマー病でも認知症とは限らない?
たとえアルツハイマー病になったとしても、必ずしも認知症を発症するわけではない、と長田さん。一体どういうことなのだろう?
「ある研究によれば、脳内にアミロイドβが蓄積されているにもかかわらず、認知症を発症していない人が約3割いることが分かっています。つまりアルツハイマー病であっても、認知症を発症しない人もいるということ。こうした人々は認知機能の低下に抗う力=レジリエンスを備えているとされ、その能力は“認知予備能”と呼ばれています」
また、アルツハイマー病でも認知症の手前、すなわち記憶障害はあるが日常生活には困っていないという「軽度認知障害(MCI)」の人も。アルツハイマー病には「認知症を発症していない正常な状態」「軽度認知障害」「認知症」の3つの段階があるというわけだ。軽度認知障害の場合、「朝食に何を食べたか」など、少し前のことをよく忘れがち。一方、認知症だと朝食を食べたこと自体を忘れてしまう。また、忘れたという自覚がないのも特徴だ。
「軽度認知障害の約4分の1は認知症に移行しますが、投薬や運動療法、脳トレーニングなどにより移行を遅らせることは可能です。つまり、軽度認知障害の段階で病院を受診し、適切な治療を受けるといった対策を打つことが重要になってきます。中には軽度認知障害と診断された数年後に正常域に戻る人もいるくらいです」
また、今からでも運動習慣や食生活、健康管理、さらには社会的交流などによって認知予備能を鍛え、認知症を予防することは可能だ。左で紹介しているような生活習慣を実践して、なるべく発症リスクを抑えよう。
進行を食い止める、認知症治療の最前線
認知症かなと思ったら、もの忘れ外来や脳神経内科などの専門科を受診したい。一般的には問診、MRI、脳へのアミロイドβの沈着を画像化するアミロイドPET検査、認知機能を評価するテストであるMMSEなどが行われる。MMSEでは、「今日は何月何日?」などの質問に答えたり文章や図形を書いたりして記憶力や言語能力、視空間認知能力をチェックする。
「認知症や軽度認知障害と診断されたら、それ以上進行しないように適切な治療を受けることが重要です。近年、レカネマブやドナネマブといった脳内のアミロイドβを取り除く抗アミロイドβ抗体薬が登場し、軽度のアルツハイマー型認知症や軽度認知障害の進行を遅らせることが期待されています」
進行を遅らせるには、家族などの周囲の言動も重要。「違うでしょ!」などと強く否定しないほうが症状を和らげられる。ちょっとしたことでも褒めたり感謝したりするのも効果的だ。
『クロワッサン』1152号より
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