【白央篤司が聞く「自分でお茶を淹れて、飲む」vol.8】丹下京子(イラストレーター)「煎茶も飲むし、快眠にいいと聞いてカモミールティーを買ったり…脈絡なく飲んでいます」
取材/撮影/文・白央篤司 編集・アライユキコ
ちゃんと茶葉で淹れるのは面倒で
「詳しくもなければこだわりも全然ないんですよ、お茶に関して。それでもいいですか(笑)?」
私なんかでいいのかなを繰り返しながら、丹下京子さんは家に招き入れてくれた。「お茶は脈絡なく飲んでいます」という言葉がいきなり印象的。
「アッサムやダージリンの日もあれば、いろんなハーブが入ったブレンドティーを飲むときもあるし、煎茶も飲むし、快眠にいいと聞いてカモミールティーを買ったり、桃やラフランスのお茶なんて書いてあるとついつい買ってしまったり。あ、玄米茶も好きですね」
「いつもこれ」というのは無く、そのときの気分で買い、折々の気持ちに応じて飲み分けている。同様の人は多いだろう。カルディなどの食材店に行けば、お茶コーナーには本当にたくさんの種類が並んでいる。パッケージも目に楽しいものが多く、つい手に取りたくなってしまう。我が家のお茶用コンテナも、飲みさしのものでいっぱいだ……なんて思いながら聞いていた。
「うちもそうかも。先日買ったこのハーブティー、私にはクセが強かった。レモングラスとオレンジピールとペパーミントのブレンド、でも体にはいい気がする(笑)。普段はティーバッグが多いです。ちゃんと茶葉で淹れるのは面倒で……」
キッチン横の、やさしい光が差すテーブルに座りながらお茶とのつきあい方を正直に教えてくれる。
職業はイラストレーター。週刊誌のコラムの挿し絵、あるいは小説のカバーイラストでも丹下さんの絵はおなじみだ。作業中のひと休みとして、お茶を飲むことが多いのだろうか。(作品紹介はこちら)
「うーん、しょっちゅう飲んでますよ。ちょっと疲れたなと思ったら飲む感じですかね。ちびちびと。口さびしくなって、おやつも一緒に」
お茶菓子もいろいろあるんです、と見せてくれる。丹下さん、わりに淡々とクールに話されるのだがこのとき語気にうれしそうなものが混じった。昔ながらのセサミビスケットや、小魚入りのおかきが大好き。最近のお気に入りは「コロロ」というコンビニでも買えるグミで、「食感と香りがいいんですよー!」と目を細める。気分転換にお茶を淹れて、グミを頬張り「またやるか」と作画に取りかかる日常が見えてくるようだった。
なんだか学生のときみたいな生活をしています
「私ね、生活のサイクルめちゃくちゃなんです。起きるのは午前9時とか10時で、夫が作ってくれていったごはんを食べて。それからだらだらと仕事して、夕方は一度カーブスに行くんですよ」
カーブスは、女性限定のフィットネスジム。丹下さんは勤め人の夫と娘との三人暮らしだ。ジム帰りに買いものなどして、夕食作りは担当している。
「家族めいめいが好きなときに晩ごはん食べて、好きなときに寝て。私は夜が遅いんです。仕事もするけど、動画見たり、ゲームしたり(笑)」
その折々で区切りをつけるとき、お茶を淹れて飲んでいる。
「左のティーバッグはルイボスティーで、夜飲むのにいいかなと思って。真ん中の煎茶は娘が買ってきてくれたもの。右の「出雲の国煎茶」は友達が旅のおみやげに買ってきてくれたものですね」
お茶って軽いし、賞味期限がすぐ来るものでもないから、お土産にしやすい。「お茶好きのあの人に飲ませたいな」なんて思うときは、選ぶほうも楽しい。娘さんのプレゼントという煎茶は京都・宇治のもの、軽くあっさり淹れるのが丹下さんは好きなようだった。
「今年(2025年)で58歳ですが、朝も遅いし、仕事もしながら好きなことやって、なんだか学生のときみたいな生活をしています」と笑う丹下さん。20代の頃はCM制作会社で働き、同僚だった現在の夫と出会って、35歳のとき妊娠を機に結婚。その後40代に入ってうつも経験した。
「仕事と育児と両方ちゃんとやらなきゃと思い過ぎてました。上京していたから頼れる親戚も近くにいないし、夫も仕事がすごく忙しくて。キーッとなってましたね。この頃ようやく“一生懸命”は自分にとっていいことじゃないって、分かるようになった」
52歳のときに俳句も始める
「今の生活は、ストレスの少ない生活」と言いながらお茶を飲む表情が実にこざっぱりとしていて、一緒にお茶を飲んでいてこちらもなんだかスッキリした気持ちになった。
丹下さん、52歳のときに俳句も始めている。句会がわりと頻繁にあって、そちらの活動も忙しいとのこと。俳句雑誌にも誌友として参加しており、あるとき一句に選ばれたものがSNSに上がっていた。
「描き終へてぐはと息吐く夏至の朝」
うーーーん、いいなあ。難儀して描き上げた苦心の作を前に、ホッとしてお茶を一服されたか、あるいは冷たい麦茶でもぐびりとやられただろうか。そんな情景が目に浮かんできた。