「年齢を重ねたからこそ表現できる。そんな着こなしを目指したいです。」料理研究家・上田淳子さんの着物の時間。
撮影・青木和義 ヘア&メイク・長網志津子 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江 撮影協力・ビストロ サン・ル・スー
10年ほど箪笥の肥やしになっていました。陽の目をみて着物も喜んでいます。
「今日初めて袖を通しました。誂えたのは10年ほど前。ちょうどお茶を習い始めたころで、これからお茶会に出席する機会も増えるだろうし、着物でいろいろと出かけたい、と着物熱が高まっていました。でも結局、袖を通す機会がなくそのまま箪笥の肥やしに。だから今回、着物も喜んでいると思います」と上田淳子さん。
着用したのは江戸小紋。細かい点が斜め45度に規則正しく並ぶ「行儀(ぎょうぎ)」で「礼を尽くす」という意味を持つともいわれている柄だ。「鮫」「角通(かくどお)し」とともに「江戸小紋三役」と呼ばれ、帯ひとつでカジュアルにも、セミフォーマルにも対応できる。
「色は自分で選びました。紺なら印象が柔らかく見えますし、帯や小物を地味にしていけば年齢を重ねても楽しめますから」
合わせた帯は白に近いグレーの袋帯。織り込まれた箔が光の具合でキラキラと輝く。
「帯留めは母のブローチです。母は洋服派で、スーツなどで仕事に行っていました。時折、衿にブローチをつけていたように思います。そのひとつを譲られたのですが、スーツにブローチの装いは私には縁遠いファッション。でも、ところどころに埋め込まれたブルー系の石が美しく、いつか使いたいと思っていました。そこで、帯留めにしたら素敵かも、と思ったんです」
大ぶりのブローチがここが定位置、とピタリと決まっている。
「母は洋服派ですが、一方、義母は着物が大好きで、それこそたくさん持っています。着られるものや好きなものがあったらどれでもどうぞ、と言ってくれるのですが、なかなか着る機会がなくて」
そんな上田さんだが、着物で忘れられないエピソードがある。
「日本料理の紹介で毎年通っていたワインの産地で、ワインの豊穣を願う式典があったんです。日本人はなかなか参加させていただけるものではないのですが、参加できることに。格式ある式典に“礼を尽くす”意味を込め、着物で出席することにしました。せっかくなので各国の方々が喜んでくれる着物がいいと思い探したところ、義母の箪笥の中にピンクの花柄の着物を見つけたんです。日本だったら絶対に着ない色と柄だけどフランスなら着られる(笑)。もちろん、皆さん大喜びで」
ともに参加した友人と協力しながらの着付けだった。
「友人は着付けができるので助かりました。お茶を習っていたときに、着付けも少しだけ習ったのが役にたちました」
レシピの考案、料理撮影、子どもの食育に関することなど、多岐にわたり活躍する上田さん。ゆっくり着物を楽しむ時間が取れないのが現実だが、
「今後、プライベートでは着物を着たいと思っているんです。というのは、最近、フォーマルな席やパーティーやイベントなど、人と会うときに何を着て行けばいいのか悩むことが多くなって。スーツでは堅苦しいし、かといってドレスは着こなしが難しい。そのときに着物という選択肢があることに気がつきました。着物なら特別感もありますし、年齢に合った装いができると思うんです」
その時に大切にしたいのは正統ということ。
「私には崩す技術もありませんから、衿合わせはきちんとし、年相応に美しいと思ってもらえる着こなしを目指したい。年を重ねたからこそ表現できるカッコいい装いができるようになりたいです。日本人に生まれたからは、民族衣装の着物を楽しみたい。着物は着てみないとわからないことも多いですが、それを探るのもまた魅力のひとつだと思っています。着物を含め、いくつになっても新しいことに挑戦できるのはワクワクします」
『クロワッサン』1117号より
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