懐かしい思い出が脳を刺激する!? 「回想の力」で脳を健やかに保つ。
イラストレーション・北野 有 構成&文・小沢緑子
昔のことを思い出して懐かしさに浸ることを、まるで後ろ向きなことのように思い込んでいるかもしれないが、
「過去を懐かしく思い出すことは決して現実からの逃避でもネガティブなことでもありません。むしろ積極的に回想することは、脳の健康を維持するさまざまな効果があることがわかってきました」と、脳医学者の瀧靖之さん。
そもそも脳は“新しいことを知りたい、学びたい”という知的好奇心をかきたてるものが大好きだというが、昔のことを思い出すことも脳のさまざまな領域を使うため、同等の刺激になるという。まず、過去を懐かしく思い返すことで得られる効果のひとつが、ストレス解消になること。
「私自身も日頃から脳によいと考えられることを実践していますが、昔を思い出して懐かしむことはとにかく楽しく、何とも甘酸っぱいような幸福な気持ちに包まれるものです。この理屈抜きに楽しい、幸せと思う感情は『主観的幸福感』と呼ばれていますが、脳にも心身にもよい影響を与えてくれます」
たとえば、この主観的幸福感が高くなるほど心身へのストレスレベルが下がり、生活習慣病のリスク低減につながることもわかっているという。
「さらに脳の中でも中枢機能の海馬の神経細胞が新たに生まれる『神経新生』を促し、脳を健康に保つことを裏付ける研究も多く報告されています」
〝幸せの自家発電〟といえる メカニズムで、脳が元気になる。
また、それ以上に注目したい点が、「過去を回想しているときに働く脳の領域が、未来を想像するときに働く脳の領域と一致する」といわれることだ。
「人間は多大なストレスがかかると気持ちの切り替えがなかなか難しいときもあります。ただそんなときも懐かしいと思う感情をうまく利用すると、脳が感じているストレスが和らぐとともに幸せな気持ちが生じ、新たに前に進もうという気持ちが高まるのではないか。この『幸せの自家発電』ともいえるメカニズムが、懐かしさが脳を元気に健やかに保つカギだと考えています」
そんな回想の力を日常生活に楽しく取り入れることができる「回想脳ワーク」を紹介するので、ぜひ実践を。
●懐かしさが脳に与える効果
・ ストレスが和らぎ、気分転換ができる。
・ 幸福感が高まり、脳の健康が維持できる。
・ 未来の自分に対してポジティブになれる。
回想脳ワーク〈基本〉昔の家や夢中だったことを思い出す
回想脳ワークを実践するために必要となるのが、懐かしいという感情を引き出すキュー(きっかけ)。
「どのワークにも共通することですが、自分にとって『楽しく思い出せるもの』だけをワークにしてください。また、単に物事だけを思い出すのではなく、そこから家族や当時一緒に過ごした友人など、人とのつながりやその温かな情景まで思い描いていくと、主観的幸福感がグンと高まります」
特に「昔住んでいた家」「子どもの頃に夢中だったこと」は振り返りやすいキューなので試してみて。
[先取りノスタルジア1]日記代わりに、 毎日の出来事を手帳にメモ。
回想脳ワークとともに、日頃から将来の自分が「今」をより愛おしく思い出すためのキュー作り「先取りノスタルジア」を行っておくのもおすすめ。「雨上がりに虹が見られてうれしかった」など、一言でも手帳に書き留めておくといいヒントになる。
[ワーク1]昔住んでいた家を振り返る。
懐かしさを感じるためには、ある程度の年月が経っていることが必要。
「その点、実家や学生時代に借りていた部屋など『昔住んでいた家』は、普段は脳の奥深くにしまわれ忘れていたとしても、大切な思い出が詰まった場所です。懐かしさを引き出すキューとして最適で、振り帰ってみると家の間取りだけではなく、当時の家族とのやりとりや親しかった昔の友人のことまでよみがえりやすいと思います」
[ワーク2]子どもの頃に好きだった本や図鑑を読む。
「幼い頃に好きだった本を読み返すよさは、当時の自分が読みながら夢中になっていた気持ちまで思い出せることです。そして、それが懐かしさの本質のひとつでもあります。記憶をきっかけに、過去の自分とつながれる格別な時間を楽しむことができますから」
ジャンルは絵本、小説、図鑑、マンガなど何でも構わない。子ども心に感じたワクワク感を取り戻そう。
[ワーク3]一世を風靡したヒット曲を聴く。
「聴覚は過去の記憶に直結します。自分が好んで聴いていた曲はもちろんですが、当時流行していた曲も回想脳ワークのよいキューに。最初はそうでもなかったのに頻繁に耳にするうちに好きになり、何十年後に聴くと懐かしさが溢れてくることはよくあります」
街中や店などで一世を風靡した曲が流れてくると一瞬にして記憶がよみがえるのもそのせい。学生時代にヒットした曲もレパートリーに入れてみよう。
[ワーク4]懐かしい味を堪能する。
「味覚も本能に直結する感覚で、『どんな味がして、どんな気分になったか』が脳に深く刻まれやすいです」
たとえば、遠足時にみんなで食べたお弁当、ハレの日の外食など、思い出の味が強烈に恋しくなることはある。
「子どもの頃の好物を自分で作って再現してみるのもいいでしょう。調理はいくつもの手順を同時にこなすデュアルタスクですし、どうやって作るのか考えるだけでも脳はフル回転します」