「あずましい」ということばを教えてくれたのは飲み友だちのSさんだ。この人は静かなお酒が好きで、騒がしい店には寄り付かず、自らも酔って大きな声を出すようなことは決してしない。太い指で焼酎のグラスを握り、時事の話題をボソボソッと話す(愛読紙は日刊ゲンダイ)。聞き取れないほど小さな声で歌を口ずさむこともある。そんなふうに穏やかに更けていく酒場の夜を、Sさんは「あずましいね」と表現するのだ。北海道の言い方で「落ち着く、心地よい」の意味だという。
さて今回は札幌の本田明二展を訪れた。本田は北海道で生まれ、北海道で活動を続けた彫刻家。多くの芸術家が東京を目指す中にあって、珍しい存在だったらしい。高度経済成長の時代、中央には大きな仕事も華やかな仕事もあっただろうに、北の大地に根を下ろして動かなかった。「寒さと雪との避けがたい対決が北海道人を育てるし、私の仕事の中にも何かが生まれるのだ」というようなことを書き残している。晩年は札幌の山の斜面にアトリエを持ち、雪が降ると通りまで出るのに難儀したらしい。でも「あずましく仕事がしたい」からその場所を選んだ。
作品には、木彫りの牛や馬やフクロウがある。おおらかで素朴。だけど、それだけではない「なにか」がある。さらに「えものを背負う男」の、押し付けがましくない存在感はなんだろう。うーん、上手に説明できない自分がもどかしい。もしかしたら「あずましい」の正体がここにあるのかもしれないなぁ。