『産まなくても、産めなくても』甘糟りり子さん|本を読んで、会いたくなって。
世の中の意識が変わってきたなあ、と実感。
撮影・岩本慶三
「前作の時は本を出した後になって、ちゃんと世の中に伝えるべきテーマなんだと気がつきました」
甘糟りり子さんが、妊娠、出産をテーマとした短編集『産む、産まない、産めない』を刊行したのは少子化問題が話題となっていた3年前。読者からの反響の声も多く寄せられた。
「最初は家族の新しい形が書きたくてプロットを作り始めたのですが、その根幹には、産む、産まない、があることに気づかされました。今回は、より意識的にテーマに触れられたと思っています」
仕事で忙しく結婚、出産を顧みなかった女性弁護士。自らが無精子症と知るが不妊治療に積極的になれない建築家。あえて今は産まない選択をするマラソンランナー。本作では、産む、産まないといったストーリーに卵子凍結、不妊治療、顕微授精、特別養子縁組などの話題が巧みに絡み合う。
「不妊治療は常に進化していますし、特別養子縁組についてはこれから法案がどんどん整えられていくと思います。小説誌に連載している間にも、こうした関連の情報は絶えず更新されている感覚がありました。これをテーマにする以上、小説は架空の話といっても、現実の情報を入れなくちゃいけないと思います。悩んでいる方が手に取るかもしれないし。ですから、可能な限り取材をしました。産婦人科のドクターをはじめ、いろいろなジャンルの専門家にお話を伺って書きました」
取材がそのまま小説になるわけではないが、取材を重ねたからこそ見えてくることもある。
「最近も、子宮移植の臨床実験に関するニュースがありましたね。卵子凍結とか代理母とか、そういう言葉だけがピックアップされると、まるで出産可能な年齢が上がっているようにも思えますが、それは違います。産む生き物としての年齢制限は変わりません。特殊なケースはあるかもしれないけれど、いたずらにあおるようなことはしたくない」
また、「妊娠、出産はそこがゴールなのではなく、そこから新しい物語が始まるんですよね」とも。
刊行後、うれしい反響もあった。思いがけず、男性読者から関心が寄せられたのだ。
「女性読者を想定していましたが、本を出したら、男性誌からこのテーマでエッセーの依頼があったり、書店員や読者の方から『男性こそ読むべき』という声をいただいたり。私が思っている以上に世の中が変わってきている。読んだ方に教えていただくことが多いと実感しています」
講談社 1,400円
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