『美しい距離』山崎ナオコーラさん|本を読んで、会いたくなって。
人が遠く離れていくことを肯定したいです。
撮影・千田彩子
主人公は生命保険会社に勤める40代の男性。同年代の妻が、不治の病に冒されている。
「2年前に父が病気になって入院したので、髭を剃るために病院に通いました。病院も昔みたいに冷たいところじゃないな、と考えるようになったのがこの小説を書くきっかけです」
タイトルにあるように、テーマは人と人との「距離」。
「人が生まれたり亡くなったりするとき、できるだけ家族に囲まれていたいという願望があると思うのですが、医師、看護師、仕事相手といった、ある意味、薄い、遠い人とも美しい距離が持てるのではないか……そんなことが書けたらいいなと思いました」
夫には上から目線で話されていると感じる担当医も、妻は「よく病室を覗いてくれて仕事熱心」と感謝している。微妙な感じ方の違い、人との距離関係が淡々と綴られている。
夫は、上司にも事情を話し、まめに面会に行く。結婚して15年以上になる夫婦だが、爪を切ってあげようか、というひと言が言えなくて逡巡する。また、夫が妻の世話をしていて、妻の母から「ありがとう」と言われ、「そうか、ありがとうと言われるのか。自分は妻にとって母親よりも遠い存在なのか」と違和感を覚える。人と人との距離はじつに繊細なものだと改めて気づかされる。
「死を目前にすると、周りの人はどっちが近い距離にいるのか競いあう気持ちがわいてくると思うんです。亡くなったあとも、焼香の順番がどうの、といったことに拘泥したりしますよね。それが人間なんだと思いますが、冷静に考えれば、どうでもいいことなんですよね」
妻は元気な頃は『パンばさみ』というサンドウィッチの店をひとりで切り盛りしていて、仕事関係の人たちや、サンドウィッチのファンの男性などが見舞いにやってくる。他人に痩せた姿を見られたくないのではないかと夫は思うのだが、妻は「会いたい」と言う。
「実際に家族よりも仕事、と思っている女性も多いと思いますよ」
山崎さんも死の直前まで文章を書いていたいと願っている。
「父は亡くなって遠く離れましたが、これはこれでいいのではないか、と最近思えるようになりました。近かった人が遠く離れていくときに情緒もあるし、面白いと思えることもあるはずです。人との距離が離れていくことを肯定したいと思います」